健康談義 2016/07/29

「後期高齢者」という言葉は、やめにしてほしい。

あれだけ嫌がられていた言葉、今やだれも文句をつけなくなった。その域に入った私、健康保険証にその文字を見て嫌な感じがした。来月早々に白内障の手術をする。妻には新しい保険証が来たのだが、私にはまだ来ていなかった。妻が役所に尋ねると、すでに発送されているとか。麻生地区は後期高齢者が多くまだ郵便局に滞留している、との返事。高齢者という言葉には、それほど抵抗を感じないが、後期高齢者という言葉には抵抗を感じる。第一、第二とか、黄色・紅葉・熟成、大成など、色とか言葉の表現を柔らかくすればよかったのに。私は。地区の老人会にも出ない。毎月老人会の案内が来るのだが・・・。ウォーキングなど毎日やって出歩いているのに、老人会に出席しないとは、付き合いの悪い男と思われているかもしれない。私は老人ではないと、だれが何と言おうと自分で勝手に決めているから・・。

続けているウォーキングやもろもろの朝の運動、若者だからこそ、できることだと勝手に決めている。車で買い物するひと人、足が弱くなって気の毒にと同情してあげる。買い物でもショルダーに歩けば、多少の負荷も知らず知らずにいい運動となる。もっと楽しい愉快な明るい未来が開けてくるのにと・・・。車で買い物する人ごめんなさいね。歩けるところはできる限り歩くことをお勧めしているだけなんです。
 

つい先だってわが家に住んでいたひと、もうそろそろ定年も近いような人、引っ越していった。理由は駅から家が遠くて通勤が苦痛・・・つかれると、なにおか言わんや!歩かないから疲れるのだ。病気にもなる。習慣病だとか診断されるのです。このひと会社では一日中座りっぱなしなのだろう。でっぷりな体つきだが青白い顔だ。私は上り下りがあるからかえってありがたいと思っているのに、・・・坂道は体を鍛えるための、天が与えてくれた健康器具と考えれば、坂道を上がり下がりも苦痛にならない。

その人は27年前に引っ越してきたのだが、2人の子供を育て、最近は悠々自適と思っていたが、奥様が足を痛めて整骨院に通っていた。体重が増えて少々足を引きずって歩いていた。あれでは…と思っていたらやっぱり股関節を痛め健康を害していた。女性の平均寿命がまた延びて87歳になった。引っ越していったところは坂道のないところなのだろうが、もっと歩かない生活で、ますます太って歩けない、さみしい生活になるのかも。生活習慣病になって認知症にならなければと、いらぬ心配をしたりして・・・。

私は駅やスーパーなどに毎日出かける。ただ歩くのはもったいない。今まではラジオを聴きながらウォーキングだったのだが、最近は後ろからくる自転車に抜かれたとき危ういことが多い。少しでも衝突の被害にならないために、前後左右を聞こえの悪い耳でも気を付けなければと、携帯ラジオはやめてしまった。
 おかげといっては何だが、歩くために車にも乗らなくなった。駅や近くは必ず歩きです。給油は今年リッター100円割れの時に1回満タンにしただけ、節約!節約この上ない。我が家の近くには駅に行くバス停が2つある。およそ1300歩ぐらいなのにバスに乗る人が大勢いる。若い人が多いのです。夕方渋滞がたびたびで私のほうが先に駅までつけることしばしば、せいぜい歩いても10分少々、なんで歩かないのだろう。男女とも香港に次いで長寿世界第2位とはいえ、その長寿の内容はこれでは決して良くならない。わざわざ208円金を出して不健康のもとを買っているようなものだ。同じ買い物に行くのでも、健康という商品を、208円も安くサービスしていただいたと発想を変えれば、歩くのも苦ならない。歩けば新しいお店や人の動きが見えてくる。駅の周りは新しいお店ができたり消えたり世の動きがわかってくる。これだけのことでも、脳に新しい地図が呼び起こされ、新しい回路が働きだす。


8月で2度目の手術をしてから1年経過する。やっと本格的リハビリができるようにスタミナもついたし足が強くなった。一日1万歩の歩きをしても疲れにくい。おなかの空腹感が早く食欲が以前より増してきた。でもすぐ食べ過ぎで苦しむことがある。多少戻した体重でも48キロは下に切らない。48キロを維持していることは、多少肉や筋肉もついてきたのだろう。食べたいものを食べ、栄養に注意を払っている効果が出てきた証拠だ。

加齢、年寄、老人、高齢者・・・特に後期という言葉は嫌いだ。使わないし使いたくない、聞きたくないし見たくもない。77になっても心は若い時と何ら変わらない。・・・歩きながら健康談義のことを考えながら。

この気持ちが大切だ、心の支えとなる。健康脳こそ健康になる源だ。

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