2017/01/27
「色即是空」
そもそも、この「しきぞくぜくう」という言葉は、私が、学生の時、先生のお宅に、おうかがいした時、いつも、「先生は、今、座禅中です」とよく、言われたことに、始まるのです。私は、もう一人の、友人と、いつも、先生の書斎に座って、待っていました。先生は、私達に、あうと「色即是空」と発せられたのです。それから、私達は、先生のお話しを、伺いました。先生は美学の先生でした。しかし、その美学は、多分に、仏教的なものでしたから、伺いましたことが、よく、わかるということではありませんでした。先生は、出来るだけ、われわれにも、わからせようと、色んな、工夫をして、くださっておられました。しかし、わかりませんでした。私の友人は、私よりも、2年歳上だったので、わかり安いのではないかと、思いながら、私は、よく、彼に、聞いていました。私は、それから、よく、色んな、「般若心経」の本を求めました。その中で、「般若心経講議」と言う、大正時代の本を見つけました。高神覚昇と言う、人の、この本は、私には、よくわかりました。私は、何度でも、読みました。知人にも推薦して、読んでいましたが、ついに、何処かで、行方不明になりました。私は、よく、読みましたので、国語の勉強にもなったのでした。

私は、学校の勉強を、していませんでしたから、卒業してから、よく、勉強をしているような、気が、したと思うのでした。その勉強は、全て、自分の体験を通した勉強でしたから、よくわかりました。大学の時代に体験したことは、私にはこんなことはないと思うほどに、大きな 、体験でしたから、ここから、は、よくわかるようになったのです。小学校の担任の時代は、忙しくて、自分を、失なうかも知れないと思う
ほどでしたけど、専科の、先生になって、また、取り戻したという気が、したのです。その本の解説者が、この前に、亡くなられた、紀野一義先生でした。縁は、不思議なものです。どんなことになっているのでしょう。あれから、53年です、よけいに、亡くなられた。先生の、ことを、思い出されるのです。先生も、あの「般若心経講義」という題名で、それも、同じ題名で、私のことを、書いてくださって、おられます。もう、よけいに、奇跡を感じます。いったい、これは、何なのでしょう。

先生がたと、帰る時、この学校は、「セブンイレブン」やなあと、いいながらながら 、よく、帰っていました。朝7時に家を、出て、夜11時に、帰るからです、
水曜日は、研究会があるのです 。職員バレーが、あります。6 人制でした。結構、必死になりましたから、クタクタです。それでしたから、よく、帰りに、居酒屋で飲んで、帰ることもありました。

こんな時の、人の付き合いも、人間の成長に大事です。奧さんや、子どもの家族のこともあるのでしょうが、仲間との気使いも大事です。男としての、大人としての、バランス感覚も、とても、大事なのです。

勉強だけ、教えてると子どものバランスに影響します。どこで、誉めて、どこで、叱るかの微妙なバランスは、教育することにとって、大事です。
子どもとの、付き合いのバランス、子どもどうしの付き合いのバランスも、同じです。人間関係は、子どもどうしの付き合いから始まっているのです。先生どうしの付き合いも、同じです。バランスの悪い先生のクラスは、子どもも、おかしいのです。とにかく、雰囲気が、担任の先生にそっくりになるのです。先生の影響力は、大きいのです。勉強が、出来ても、おかしいと、いつかは、それが、表れます。

回りに、違和感が、生じます。勉強が、出来なくても、回りを楽しくさせる子どもは、おとなになっても 大事に、されます。

子供の時から、仲間との付き合いは、大事です。その時から、考えるのです。勉強だけして、例え、優秀な成績で、いい大学を出て、いい会社に勤めれたとしても、早く、辞めたり、病気になったり、で、人生を上手く、乗り切ることは、難しいのです。

こうしたことでも、子供の時からの教育が、関わって来るのです。バランスのとれた、親であったり、バランスのとれた先生であったり、これは、極めて大事な 人間の価値を、造ることになるのです。成績に重点を置くか、人間の全体のバランスに置くか、の問題は、ながい人生から見ると、果たして、どちらがよかったのか、分からないのです。社会的地位が、上がれば、いいからと、言っても、家庭的に、恵まれない、場合もあります。お金儲けすることに成功しても、幸せでない人も、あるのです。要は、バランスです。慎ましくても、幸せな人もあります。

この幸せのバランス感覚が、すでに、子供の時からめばえるのです。好き嫌いから、幸せを知って行くのです。ですから、子供に、好かれることも、大事になります。女性に好かれるのも、大事になります。それは、子供の時から、始まっているのです。

成績が、よかったら、いい。そしていい会社に入れたらいい、しかし、その子達は、皆、早く死んだ。成績は、まあまあ、会社も、まあまあ、しかし、長生きして、幸せそうだ。歳に、なっても、まだ、働いている。嬉しそうに働いている。感謝しながら、働いている。

私の友人ですが、こんなし教育も、考えものです。高いカネ使って、役に立たない、勉強を、して、何も、遊ぶ体験なくして、会社に入って、仕事と言う、機械の歯車になって、ただ、動いてる、面白くもなんもない、仕方ないから動いてる。歳取って身体中、ぼろぼろ、奧さんだけが、楽しんでる。おかしいと思わないか。もっと、外に出よう。知らない世界に、首突っもう。時間を、もっと、遊びに使おう。男が遊ぶのです。それが、大事です。

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