2017/01/26

骨董やさんに行くと、何と言うか、藍色の、もめんが、どこにでも、置いてありました。それも、美しくて、ひかれました。やがて、その生地で、自分の服を作って、学校にも、着て行くようになったのです。東京の、ホテルニューオータニにも、着て、行きました。もう、その頃は、はずかしいと言う、感覚が、なくなってしまっていたのかも知れません。それで、子どもたちと一緒の時間に、私は私で、好きなものを作ろうということで、私の、服を作ったのです。なにせ、簡単です。新聞紙を広げて、ガムテープでとめて私の身体を乗せて、私の大きさに、だいたいの大きさに、切るのです。それをガムテープで、止めます。夏でしたから、袖をつけないで、一番、シンプルな形でした。回りは、太い、白の糸で、私流の、くちくちのステッチの線引きですが、これが、生命線でしたのですが、上手いぐあいに行ったのです。ゆがみ回った、たったのそれだけの生方な線でしたが、評判がよかったったようでした。まるで、小学校2年生から3年生の子どもが、作った、ようなものが、作れました。とても、大人が、作ったものという、感じには、思えませんでしたのが、評判が、よかったのだと思いました。今でも、想像しただけでも、嬉しかったのです。下手な、ところがよかった。ということです。下手なところを、生かして、私は、自分の字を書いてもいいと思いました。字も、絵も、服も、同じ事です。私が、小学校の時、お習字の習い事をした時、どうしても、6字の字が、入らなくて、先生も、母も、諦めたほどに、私は、下手を、通したというか、下手に、徹したということです。それが、その、人間の魅力です。下手な人は上手い字が、書けなかったように、上手い人は、下手な字が書けないのです。この世は、こんな、仕組みになっているのです。「捨てる、神あれば、拾う神あり」という、言葉があります。上手く、言ってます。ほんとうに、そう、思います。私が、食べてる、この病院の食事に、しても、上手いぐあいになっています。私は、自分で、自炊しておりましたから、この、病院食が、よくできてるなあと思うのです。今日の夕飯は、牛肉の、こま切れと玉ねぎと、ニンジンをこまめに切って、醤油炊き。それと、野菜サラダは、強い酢であえていました。ニンジンと、ピーマン、きゅうりと、玉ねぎのみじんぎり。

自炊したら、そんなことはできないのです。それに、おかゆです。小さな、梅が、添えて、あります。私の薬は13種、 そんなことも、用意できません。それに、モルヒネが、あり、それを飲む、お茶が、あります。たった、一食で、これです。やはり、 病院だけあります。私は、私の、専門をやらせていただきます。って思ったのです。

それぞれに、専門が、あるのです。それに、「すてる、神あれば、拾う神あり」です。大丈夫です。何とか、それぞれに、職が、あるものです。生きて、行けそうです。下手な自分でもいいんです。それぞれに、与えられています。見つけたら、前にでることです。神様が、応援して、くださいます。信じて、前に、です。私は、下手を売りものに、したのです。外を歩くと、色んな考えが、浮かびます。

世界観が、変わって行くような感じになったのです。

書道をやってます、友人が「中国語」習わんかと言って来たのです。前にいってた、
先生のとこや。と、言うのです。私は、先生の家に、興味がありました。先生の書斎でした。先生が私達のとこに、来られるまで、少し、時間がありましたので、その時間に先生の書棚を、見せてもらったのです。私は、そこへ行くのが毎週楽しみでした。知らない人の作品を見せていただきました。そこで、「白隠」を、見せていただきました。「私だ」と思ったのです。私は、嬉しかったのです。自分を見つけた思いが、したのです。こんな字があったのです。私は、すごく、勇気付けられました。私は、どんどん私の字をそのまま、書いて、いいんだと思うように、なりました。下手なものは、下手なのままに、安心して、前進するようになったのでした。

私は、先生のお宅の本棚の本が、とても、好きに、なって、先生のお宅に行くのが、毎週、楽しみでした。中国語は、上手く、成長しませんでしたけど、私の、書の知識は、随分と、進みました。何が、どこへあるか、わかりません。ただ、歩いて、出逢うしか、ないようです

奈良駅を降りて、左に、歩きましたら、大学堂という、古本やが、ありました。私は、古い本が好きでしたから、ひょいと、入りました。入ると、いきなり、「色即是空」という、題名の本が、目に、飛びこんで、来ました。驚きました。私が、学生時代から、何なのだろうと、思いながら来た、名前だったのです。私は、直ぐに、その「色即是空」の本を、手に、して、読み始めました。なるほど、それは、「はんにゃしんぎょう」という、お経の中の言葉だったのです。私は、早速、買い求めました。嬉しくて、走って、駅に、着いたら、直ぐに、読み始めました。しかし、すらすらと、読み切れる、本では、ありませんした。その日から、腰を、据えて、読みだしたのです。

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