「私はいつの間にか、陶芸家になっていた」

 アジアの人は、何もないで、生活することができる天才だと思うのです。最低限の生活ですが、それを、工夫して楽しんでいるからです。欧米人の武器商人たちによって、植民地にされて、奴隷のような生活をさせられましたが、もし、武器がなかったら、植民地にはされてないと思います。そしたら、少ない中でも自由に豊かに、生活して行けたと思います。日本人はかろうじて、植民地にならなかったから、安心して生活できているのです。少なくても、「ありがたい」ということさえ、会得できたら、人間は、生活できるのです。特に、日本人は、植民地にされなかったから、それができたのです。

 とにかく、武器を作るようになってからです。世の中が、おかしくなったのは。特に、武器を売って、それで人を殺して喜ぶ世界があるうちは、望み、薄でしょう。これは絶対止めないといけません。これができなかったら、永遠に駄目なのです自分の生活は、すくなくてもいいから、自分で野菜でも作ることです。海の人は、魚を釣ってくることです。まさしく、縄文生活です。ちょっとでもいいから縄文生活をするのです。それが、心の豊かな生活ができるもとです。よく工夫して、正しい智恵を育てて、倹約して、節約して、自信を持って生活するのです。人の生活が羨ましくないという気持ちを持つことです。人とくらべて、やきもちを焼かないことです。今の自分で、十分だと納得できることです。いつも、自分を見つめて楽しむことです。できたら、目に見えないものと、おしゃべりできたら、最高です。そして、何も見えないものに感謝できたら、さらにさらに最高です。本当は、神様でも、仏様でも、大自然でも、大いなるものでもいいのです。共にあると思えたら、どんなに嬉しいことかと思います。

 昨日の夜のことでした。煎じ薬を作るために、仕掛けていた鍋が、一杯分、空にしてしまいました。鍋の持ち手が燃えて、これで、この月は鍋二つ、持ち手が駄目になりました。これも、火を付けたまま、眠ったといことです。とにかく、火から、離れたのです。たった、の、それだけなのです。しかし、罪は大きいのです。鍋が真っ赤になっている風景を創造します。そこから、どうなって行くのか、それだけでも、大火事の姿を、思いました。しかし、困ったことです。自炊生活のことです。気をつけているのです。いても、このありさまです。一月で、二回の失策です。あまりにも、怖いことですので、家族に言えないのです。私は、続けて、自炊がしたいのです。しかし、このありさまです。素直に、許してくれるかどうかです。とにかく、今日は、反省の一日にさせていただきます。疲れました。しかし、家族に言えません。黙って、私が反省するしかないのです。反省して、気を付けるしかないのです。

 いいアイディアが浮かびました。勿論、思ったっただけですから、直ぐ、消えるでしょうが、でも、ひょっとしたらと、思いました。というのは。
「私は、いつの間にか、画家になっていた」という本が出来ました。それなら、「私はいつの間にか、陶芸家になっていた」というのが、あってもいいのではないかと思えたのです。考えてみれば、私は、もう、50年近く、焼き物を作って、売って来たのです。それなら、陶芸家にさせていただいてもいいのではないかと思えたのです。もう、何万点も、売って来たと思います。ですから「陶芸家」の名前を付けてもいいのではと思ったのです。ただ、立派かどうかはわかりません。それには、自信がありません。数だけでは、「家」はつかないことでしょうが。

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