「骨董に魅せられて」

 明日帰ると思ったら、その晩、荷造りをします。これが、結構、力がいるのです。小さなものばかりを、隙間なく100点ばかりを詰めるのですから、頭を使いました。これだけのことで通っていたのです。他はどこへも行けません。ただ、そこに行くだけでした。ある時、そこの市がなくなりました。新しい所へ移転させられたのです。それで行くのが終わりとなりました。私のことは、ウーシーの佐藤さんで知られるようになったようです。ウーシーとは50元迄の品物しか買わないからです。10元から50元迄の宋白磁の発掘品ばかりです。鑑賞には一寸無理、使うにも無理という品物です。ですから超安いのです。勿論、税関で、全てが没収されたとしても、大きな痛手はない金額です。若い者が、畑から掘り出して、生活費を作るのです。そんな下手物を買うのは、ウーシーの佐藤さんしかいなかったのです。私が行くのは月に一度くらいでしたから、それまでに、また、掘り出してくるのです。私は、結局、一度も税関で捕まることはありませんでした。一度だけ、ちょっと待てと言われて、その品物を事務所迄持って行かれたのですが、大丈夫でした。まるで、学校に行く感覚で上海迄通っていたのです。最後の頃はジェット機で通う様になりましたが、それでも大丈夫でした。一度、香港迄行きましたが、そんな安い品物があるところをまだ、知りません、ですから、値段の高いところを見て帰りました。一軒だけ、私の買える範囲の品物があるところがありましたから、買うことができました。それは、漢時代の穀物倉のような形をした発掘品と新石器時代のアンダーソンの壷でした。ただ、機内に入る時、大きさが駄目ですと言われて、もうちょっとで、押し通おされるところでした。もし、私が持ってなかったら、きっと、割れただろうと今でも、思い出します。その一点は今、私のピアノの上 にガラスケースの中で私を慰めてくれています。もう一つのアンダーソンは、淡路のアトリエに飾られています。見る度にあの時のことを思い出します。しかし、買って良かったと思っています。それほどいいのです。あの時、抱くようにして機内に運んだのです。何しろアンダーソンの壷と言えば、5000年前のものです。そんなものとして説明する語学の力はありません。しかし、だから、良かったのです。強引に私は、機内に入れることができたのです。それは、本物です。他の日本で買ったものは、疑わしいのです。しかし、私が中国で買った物は、例え、それが、偽物であったとしても、値うちがあるほど、いいのです。いい雰囲気があるのです。私はよく、そんな考えで、買う時があるのです。私は例え、それが、偽物と言われても、自分にとっていいと思えたらいいと思っているところがあるのです。つねに、自分の責任です。後悔したことはありません。ですから、私は、余り、人には見せないのです。偽物ばかり飾っていると思われるのがいやだからです。私は自分一人で眺めて来ました。年齢と共に、あれも、偽物ではないだろうかと思う時があるのです。しかし、まだ、はっきりわかりません。死ぬ迄、偽物と共に暮らしたと思うかも知れません。とにかく、中国の物はまだまだわかりません。とにかく、よく出来た偽物かも知れないのです。不思議な世界でした。

 ソウルへも、よく通いました。ここも、2泊か3泊の旅でした。もう場所は忘れました。名前も忘れました。ソウルからタクシーで30分ほど行ったところにある骨董屋ばかりが集まったビルでした。骨董だけでなく、表具屋も額屋も集まったビルでした。もう見て回るだけで美術館回りという感じでした。その辺の屋台で辛い辛い定食を食べるのです。もう真っ赤な鍋物です。安くてうまいのです。泊まるのも、その辺のホテルです。安い連れ込み宿です。大きなホテルなら言葉に苦労はしないのですが、田舎の、それも、連れ込み宿ときたら、言葉が通じないのです。一度苦労しました。私の荷物を私の留守中に異動してたのです。その荷物が私の物であるという説明が出来なくて苦労したのです。韓国の田舎は漢字も英語もそれに韓国の文字も、それは、私がわかりません。誰もわかる者がいないのです。韓国の文字は私がわからないのです。とにかく、ておりはおりでやるのですが、なかなか通じませんでした。しかし、時間をかけてやったら、わかってくれたのです。とにかく、無事でした。しかし、そんなところがおもしろいのです。ある表具屋では、私は、その店の中で書や絵を描きました。印も印にくも筆も、墨も紙も全てをそこで買い揃えて、まるで、そこが、私のアトリエの如くに創作しました。勿論、印は、そこで、彫るのです。50点ばかり書いて注文して帰って来ていました。李朝時代の高台のついた白磁がとても安く手に入ることになったのです。一個100円で買うので集めて下さいといったら、一挙に600点ばかり集まったのです。さて、どうするかです。それを入れる箱が要ります。李朝タンスを買うことにしたのです。タンスの中にびっしり詰め込んだのでした。タンスも一つや二つでは足りません。表具の出来上がった物やら、タンスやら李朝の白磁やら、ついに、船で運ばなくてはならなくなりました。船で何フィートか忘れましたがチャーターして日本に運んだことがあります。船で運んだので、とても安く買えたことになりました。

 とにかく、生きて行くのを、確かめています。何ということはありません。何でもないのです。ただ、時間が過ぎていきます。何もしていません。ただ、時間を、勿体なく過ごしているだけのようです。これでいいのかと思うのです。何か、無駄をしているような気がするのです。何でもいいから、自分をを確かめて生きていたいと思うのです。ただ、そうして自分を見つめていないと申し訳なく思うのです。しかし、果たして無意味なる時間というものがあるのだろうかと思うのです。毎日、激しく変化しています。自分でもはっきり掴めません。ただ、このままでいいのかとも思うのです。しかし、この無駄なような時間というものは果たして、宇宙にとって無意味であるものかどうかです。自分にとっても無意味かどうかです。宇宙からいただいたこの貴重なる時間を、です。まったく、私はこの貴重なる時間を沢山いただいてきました。贅沢なる時間を、です。私という人間だけが、この貴重なる時間を特に味わっているように思っているくらいです。申し訳なく思うのです。何だか無限で、贅沢なる時間です。まぶしいような時間です。長いような、一瞬のような、不思議な気がする時間です。私はこの無意味なる時間をいただきました。素晴らしい時間でした。しかし、掴むことはできません。諸法無我のような。諸行無常のような。火花です。光です。

 昨日から、時間というわけのわからないもののことを考えていました。ただ通り抜けるだけのもののような気がしました。そのままを通過しているだけです。それが諸法無我、諸行無常です。無意味のようですが、これを見つめるのです。怠らず見つめ続けるのです。素晴らしい時もあります。いやな時もあります。仕方ないと思う時もあります。ただ、飽きがこないのです。不思議です。色んなことがあります。それがいいのでしょう。私はこの無意味なるものと遊んで来ました。怠らず、それも、贅沢にです。そして、自由にです。長いこと、無意味なものと付き合って来ました。今もそうです。変化があるのです。怖いことも、嬉しいことも、楽しいこともありました。しかし、皆、尊いことでした。


inserted by FC2 system