今日は、起きたら、何やら・・・。

毎日が新しい出合いがあります。今日は、起きたら、何やら臭いのです。何だろうと、思って、おしりの方を見ると、りっぱに、やってくれているのです。大便の大きいのをやってくれているのです。トイレに行ってよく見ると殆んど下痢の状態です。これは駄目だと思い、そのまま風呂場に行き、脱いで、石鹸で、パンツとパッチのその部分を洗うのです。私は、いつも、そうしています。一度洗って、そして、それから家族に渡すのです。出来るだけ嫌がられまいと気をつけて、まず臭いを消すのです。そうしたら、ちょっとは、良くなります。私のような年齢になると、汗の汚れはないのです。便の失敗による汚れです。これは、歳寄りでないと分かりません。歳寄りが嫌われるのも、このことがあるからです。とにかく、下痢が多いのです。失敗すると、下に敷いている大きいタオルケットと、もう一つ下のダブルベッドのシートも変える時があります。この作業が大変ですので、直ぐ誰かに頼もうとします。これも、一度は快くやってくれはしますが、何回も、こんなことを頼むことも出来ません。自分で苦労してシート交換をするのです。病院に入ったら、看護士さんが二人で、あっというまに交換して下さいます。しかし、自分でやるとそうはいきません。この交換が私の場合、月に一回くらいはあるのです。それくらいでだんだん失敗の回数が多くなったりもするのです。これを何時まで自分でやれるかです。私なんかは、子供への給料も、年金もまだ私が払ってやらなければなりません。それでも、こんなに気を使っているのです。しかし、これを、ちょっとでも、偉そうに、「誰のおかげでじゃー」という態度でも出ましたら、もう、近づきません。76歳になっても、お金の力では、駄目なのです。出来るだけ気を配って、付き合うしかありません。全てが、私の責任です。ですが、この責任感が、ボケを遅らすことになるのだといいように思うことにしています。しかし、情けないことです。殆んどの高齢者は、こうなって仕方なく医療施設のあるところに行くのです。子どもはこうなっていく事情をほとんど知らないと思います。お金を払うと施設がしてくれます。しかし、それに頼ることは、自分で生きることを諦めるということになります。ただ、死を待つのみということになるのです。悲しいことです。

私は今月4本の歯を抜きました。歯が割れたのです。年齢のせいです。しかし、こんな歯医者に行くことでも、時間が大変です。それに行くために、用意をしたり、遅れまいとあれやこれや気を配るのです。

病院に行くこと、歯医者に行くこと、ケアーに行くこと、自炊すること、洗濯すること。買い物に行くこと、それに行くことで の、時間を配分、時間の気配り、これらをすることが案外、大変なのです。ですから、家内にそれを頼むと、家内の体力が持ちません。それほど、大変なのです。家内の仕事を自分でやってみて分かりました。熟年離婚が流行るのも無理からぬことです。ボケる前に死ぬ 方がいいと思います。私はもっと生きたいと思うから、こうして自分で始末しようと思うのです。薬を頼むとバランスを配分して行かねばなりません。ちょっと多過ぎると下痢に。少ないと便秘に。失敗するとシートの交換です。いやはや、生きると言うことは大変です。歳が行くと誰もボケるのです。毎日が、戦いです。私の小指が最近駄目になりましたから、相談しましたら、年齢のせいだと言われました。自分で動かすよう務めるしかないと言うことです。なんやかんやいろんな事が起きます。歳が行って来ました から、こうなって当たり前だと思います。仕方ないかもしれません。とにかく、時間が最近特に早く進むのです。時間に向かって出来るだけ頑張ろうと思いますが、襲って来ます。忙がしいことです。ケアーに行くと私は最年少のピーピー辺りです。一番若い方です。ですから、「若いのに」と直ぐ言われます。まだまだ、これからだと言われるのです。それでもあちこち、問題が起きるのです。年寄りになるのです。

最近特に気を配っていることで、車の運転です。もし、事故ってしまうと、それが最後になると思います。買い物に行くことができないと、困ります。医者に行ったり、病院に行ったり、生活の大転換が迫られます。ケアーに100歳以上の方が何人もいます。どうやって生き抜いて来られたのだろうと思います。それだけでりっぱなことです。ただ、完全にボケています。ボケないでどれだけ生きれるかです。仕事ができるかです。世の中の邪魔にならないかです。

私は肉体はおかしくなって来たと思いますが、頭はまだ大丈夫だろうと思っています。癌の進行がどの辺りまで来ているのだろうかと思います。こんな状態で何時まで自分のことを、表現できるかと思っています。それと、自分のことが管理出来るかと思っています。しかし、それでも、自分を見ていると「大丈夫かな」と思ってしまうのです。それだけ、あれやこれやで失敗しているからです。情けないです。世の中の邪魔になるまいと頑張っている積もりだけなのです。ただ、思いだけかも知れません。今書いていることでも、これだって、こんな状態では、書けてるとは言えません。勿論、だからこそ、書いていたいところもあるのです。そして、いやなこと。汚ないこと。それをそのまま書いて見たいと思っているのです。私は足も弱いのですが、これも、時間の問題でしょう。歩けない時が来ます、仕方ありません。こんな状態ですから、言ってみれば、毎日が新しい自分です。進歩ではありません。後退です。ですから、新しい自分、つまり、後退の自分を書き込もうと思うのです。こんなことを書いても、無駄なことだと、よく承知している積もりです。ですから、余計それが、分かって書いていきたいと思うのです。若い人には、無駄なことだと笑われるでしょう。76過ぎると仕方のない話しです。この歳になっても、毎日がこんなに変化があるのですから、もし、一年先くらいになると余計変化が大きく なると思います。勿論、生きてはいないかもしれないのです。それでも、私はそれまでを書いて見たいのです。つまり、死ぬ直前まで自分のことを何かと書いて見たいのです。それが今、すでに、転換期が来ているのです。この文章にも変化が見える筈です。私の年齢に近い人なら分かると思います。同じことばかりいうようになります。それしか考えられないようになるからでしょう。仕方ありません。


inserted by FC2 system