尊い時間をいただいている不思議な人間

やはり、死んではおれません。とにかく、死ぬまでは、勿体なくて、尊くて、時間を大切に使っていたいのです。自分の人生を見つめていたいのです。痛みがあろうが、 なかろうが、前向きに生きていきたいのです。私しか出来ない事が沢山あります。これを少しでもやりたいのです。 悔いなくやって来たとは思いますが、それでも手を抜きたくないのです。欲どうしいようですが、頑張っていきたいのです。痛みがある時はモルヒネを飲みます。やはり死ぬまで前に出たいのです。生きていくことに挑戦していたいのです。

一日一日がいや一時間一時間がいや一分一分がいや、一秒一秒が注目にあたいします。それほど大事なのです。トイレに行くことも買い物に行くことも、食事を作ることも、文章を書くことも、車を運転することも、同じ目線です。絵を描くことも、ピアノを弾くことも、同じです。どれもおろそかにしては居れません。私にしてみれば、全てが尊い人生、尊い作品です。流れる宇宙からの尊い時間です。靴下を履いたりズボンを脱いだり、そんなひとつひとつが私の生活であり、私の作品の一部に関わって来ます。つまり、私を生きているのです。

しかし、それが、そう思えない時もあるのです。エネルギーがないのです。嬉しさが生まれない時です。ありがたい気持ちが起きてこない。痛みに負けている時です。ですから、じっとしています。じっとしていますから、食欲不振になるのです。お腹が減ったと思わないのです。その時は、「そうだ、きっと、食べないほうがいいのだ」と納得させるのです。お腹が減った状態がいいのだから、大丈夫だといい聞かせるのです。世の中には、色んな癌の直し方があるのです。食べないといけないというのと食べないほうがいいのだという方とがあるのです。今は、食べない方がいいという方を選らんでいます。そう思うと、生活が少し、頼もしく嬉しく為ります。癌の痛みも旋律の一部に加わって来ます、メロディが美しいものになると思えてきます。ありがたいことです。不思議な世界です。生活そのものが旋律です。音楽です。宇宙のリズムです。ちょっとしたことで宇宙と一緒になって次へ次へと変化していくなんてことは、こんな、味わい深いことはありません。不思議と、宇宙が嬉しい世界を与えてくださるのです。トイレに行っても食事をしている時も味わい深いひとときとなります。何れも、私に楽しみを与えてくれます。一瞬一瞬です。そうこうしてるうちにいつの間にかお腹が減って来たり、眠たくなったりします。こんな繰り返しですが、このリズムを楽しんでいたいのです。これが尊く思えるのです。このままの宇宙からの賜り物をいただいていたいのです。右手を、左手がずっと擦ってくれています。私が何か考えている間にそうしてくれています。頑張ってる私を、いかにもいたわってくれてる感じです。宇宙は優しいものです。今という、賜り物を祝福してくださっているのです。新しい今が登場してくれます。私はその変化を、ピアノを聴くように、その旋律を味わっているのです。常に私の心の耳が聴いているのです。目の前のあるがままが楽譜です。この心の動きが作品となっていきます。そのままが美しい旋律です。食事をして片付けて、茶碗を洗って、その全てが音楽なのです。そしてそれを弾きたいのです。大まじめにこんなことを思って生きている私はもう、おかしい人間かもしれません。しかし、それでいいと思っています。それで、素晴らしいと思っています 。宇宙と共に生きている目出度い人間です。馬鹿な人間かも知れません。ですが、尊い人間です。尊い時間をいただいている不思議な人間です。

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