かつひこ日記NOW

2016/07/23

「三昧鏡が楽しい」

僕は地蔵を描いても抽象を描いても
同じことなんですよ
おてんとさんをかかしてもらえばいい。頭が空っぽになるほど
夢中でたくさんの絵をかくという
三昧境が楽しいんです。僕に立派な絵をかけと言ったってかけない。
数かく中で淘汰されていいものが残るんじゃないですか。
良寛もそうだったと思う。
数を否定することは僕を否定することなんです。
僕は絵をかく三昧境が幸せなんで
現代社会で幸せを求めたら
努力しなければいけないんです。
私は勝彦の「おてんとさんをかかしてもらえばいい」というのが気に入った。
仏教は明るいのがほんまである。おてんとさん、さんさんと輝く太陽のような人生観、太陽のような人間像がほんまものである。
人間はこの世に何をしに生まれて来たかということをよく考えなくてはならない。仏さまが私に何をさせようとしておられるのか、それを知り、それを実行しなくてはならない。
それを見つけてちゃんと実行している人はみんな明るいということにこの頃気がついた。陰気な人間は、どこか、自分のことばかり考え込んでいるのである。やれ自分はつまらない人間だとか、罪の子だとか、生きていたってしょうがないとか、いろいろ御託を並べるのであるが、それなら罪を恥じ、生きていることを恥じて食でも断つかと思えば、そういう人間に限って人一倍むさぼり食らうのである。だからそんなのは口の先だけである。
勝彦はよく食う。人一倍食う。大きな鍋の中に何でも放りこんで食いに食う。しかし、人の十倍も百倍も仕事をして、楽しんで、生きている。いいなあと思う。この人はほんまの人生を生きている。だから底抜けに明るいのである。
おてんとさんは天に輝き、地に輝く。おてんとさんのような人生を歩きたいと、私は思う。どんなことをしたって、なくなりも減りもしないこの大生命の世界をおてんとさんのように生きてゆく、いや生かされてゆくとしたら、受、想、行、識にとらわれることもなく、眼、耳、鼻、舌、身、意にとらわれることもない。そうなれば、色声、香、味、触、法にとらわれることもなく、眼界から意識界にいたるまで、まるっきりとらわれるということがなくなる。あるのはただ、「在る、在る」であり、「はっきり、はっきり」である。何が、どう、ではなく、ただ在るのであり、ただはっきり、はっきりなのである。そこに人間の分別思量の入りこむ余地がない。ただ、在るものが在り、はっきりしているだけのことである。ーーーーーーー

『この生きかたに悔いはないか』三笠書房127ページ~

「人間、いつか死ぬるんよ、だから楽しくやりたいーー迷ったり、とらわれたりして自分の制限された時間を費やしたくない。わしは、わしのできることを一生懸命する、こりゃ、いちばん楽でおもしろくて、いい仕事ができると思う。人間って、いやなことをいやいやすると自分の持っている力の十分の一もできない。だから好きなこと、やりたいことをやったら、一人の人間でもかなりのことができるんじゃないか。その点子供はすごい。やりたいことしかやらないし、できないことはしない。大人だってこれでなきゃあ。これが一番だ。いくら技術が優れていても、意欲が欠けていたら魂が入ってないのと同じことだ。子供の作品がすごいのは、意欲がすごいからだ。教師なんて、絵の描き方を教えるんじゃなくて、意欲的にさせることが一番じゃないかな」
こういう考え方だから勝彦は子供たちに、「みんな好きなもの描けよ、やりたくない者はやらんでいい」と言って、子供から針を借りて自分のシャツを縫ったり、自分の印を彫るのに熱中していたりするのである。
勝彦は仕事する時でも楽しんでやっている。鼻歌うたいながらやっている。
「今頃はどうも、なんでもかんでも もったいぶって、さもしんどそうにいうてみたり、さも苦労したように言いますけどな。ほんまに苦労しとんなら、そら大したことではないですな。苦労しとって、ほんまに楽しい、うれしゅうなるような芸術生まれますかいな。苦労なんてしらんちゅう世界でないとほんまもんは生まれんと思いますな。うそいうて苦労したちゅうてはったりいうんやったら、そら、ときどきに説明ようしてやらんといけんですな。
そんなもん、苦労じゃ、苦労じゃいうて、そんなもん芸術とちがいますで。芸術ちゅうのは、まあいうたら、歓喜ですわな。よろこびいうか、遊びですわな、そんなもん、えらいこっちゃのようにいいますが  そんなもん、たのしんでいつの間にか描けとったちゅうようなもんですで、あんまり、だれかしらん、もったいぶるもんやから、ようみなはれ、今頃の芸術、なんや、つまらんようになってきよりますがな。昔のもん、みて、みなはれな。あんなもん、みな楽しんでやっとりますがな。しらんうちに鼻歌歌っとるうちに出来てたいうような奴ばっかりですがな。
今のもんは、鼻歌まじりにやるの、何や悪いことのようにいうとりますな。あれは、全く逆じゃ思いますな。ええ気分になってやっとるもんなら、歌ぐらいでて、当然ですがな。そんなんがほんまや思いますで。誰でもできてええんですーーーー。今頃、なんやはいてすてるほど絵かきさんおるけど、子供みたいにほんまもんはあまり見かけませんな。そんなところ思うと、まだまだ、みんなうそのところで生きとるんとちがいますかな」

人間が本気でやりたいと思ってやり、楽しんでやったら、それがよく出来ていようと、いまいと、どうでもいいのだ。勝彦は言っている。「みんなが自分の出来ることをすればいい。自分がやって楽しいものをすればいい。お茶くみが楽しければお茶くみをすればいい。
絵が描きたい人は絵を描いてればいいそうじが楽しい人はそうじをすればいい。それが自分に合った仕事ならば、それがいちばんすてきな仕事だと思う。絵を描く人の方がそうじをする人よりすぐれているなんてぜったいない。みんなそれぞれの特技がある。それはやっぱり、その仕事をしていたら楽しいというもの。それが特技なのだ。
それをやっておれば心がが楽しい、心がおちつく、ゆとりを感じる。人間なんて、みなそれぞれに特技をもっていて、みんな役に立つ人間だと思う。
自分に出来ることを素直に出来たら、りっぱな人間だ。
自分に出来ることを素直に出来るようになるためには、自分に与えられた天分というものを、何だろうと問うことだ。自分に自分を問う、その答えが素直な自分になれる条件だ」

こんな痛快な、徹底したものの考え方ができるってことが、男らしい男の条件なのだと私は思う。
「死を恐れ、生を恐れて居る小心者です」と自分のことをいう佐藤勝彦はこの世に生まれてきたことをなんと思っているだろうか。
「自分はこの世に生を受けたことを大変なことだと最近おもうようになった。
生を受けたことは何かを命ぜられてのことだと思うようになった。何を命ぜられたのだろう。それを探し、それを為すのが、生を受けた役割のようにおもう。それを忘れたり、うやむやにしているのは、天の恩を忘れてむなしい時間を過ごしていることと同じだ。天の神様がなげかれる。せっかく、神様は、お前はお前らしく、お前のやりたいことをやってきなさい。と言ってこの世におつかわしになったのに、その役割を果たさないのは一種のサギだ。自分はそんなインチキな、なまけものになりたくない。神が自分をさし出したのなら、神の命を果たして、やがて神の国へ帰りたい。それは人間として当然の仁義だ。人間に義理や仁義がすたれりゃあ、たしかにこの世は闇じゃ」

「天が私の生命をあずかっておられるので私の命がいつたたれても、そりゃ仕方がないと思う。天が私をこの世に出して、又いい頃合いになると天へおもどしになる。その間を生きているということになる。生命は天のものだから、私には死というのは、あまり気にならない。仕方がないことだから、まあ天にまかす。天にまかせっきりというのは気が楽で、疲れがだいぶ違う。今日でも死ねという命令が下れば、仕方がない死ななきゃならんだろう。でも私は、生きている間が好きだ。苦しいことがあったり、悲しいことがあったり、つらいことがあってもだ。いやむしろ、それがあるから生きている感じがする」
このあたりが佐藤勝彦の、というより、男の生きざまが躍如としているところだと思う。女性は極端に苦しいことや悲しいことがあったりすると、身動きができなくなるか、とんでもない見当違いの方向へ飛んでいってしまうということをやらかす。
しかし男は、そういう時、不敵にニヤリと笑って危地を脱して行くのだ。私はバート・ランカスターという俳優が好きだ。汚い格好をして、埃だらけ泥だらけになり、追いつめられ、もうどうしょうもないだろうと思われる役割をいつも演ずる。土壇場で、不敵にニヤリと笑って、奇想天外の手で危地を脱して行く、あれは男の人生そのものだ。

「自分は若死にするだろうといつも想う。想うから人にもよくいう。家のものにも遺言のような気持でいう。書くものも遺書のような気持ちで書く。人は、そんな若死になんかなされませんよという。ご自分でそんなことをいわれなくてもえんぎでもないと叱られる。しかし、僕は死がせまっていると感じるから、一生懸命自分でしたいことをやるのだ。だから、考えようによっては天がおまえに長生きできるというと、おうちゃくするから死がせまっていると想わせることの方がいいんだと、おっしゃっているようにも想う。だから、いつ死ぬかわからない。ひょっとすると長生きするかもしれない。しかし死がそこにせまっていると想わされているのは、とっても自分には、いいことのように想っている」

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