かつひこ日記NOW

2016/07/24

私は華厳経の「雑華厳浄」という世界が好きである。これは‘’「ガンダ・べーハ」の訳である。「ガンダ」は「点」「場所」の意味であり、また、「煮えたぎっていること」である。宇宙に点々と存在するものすべてが、煮えたぎり、燃えたぎって輝いているのである。宇宙に輝く星は、ことごとく、「ガンダ・ベーハ」ではないか。これもまた、不生にして霊明なる仏心の世界である。

さて私は不生にして霊明なる仏心、陽そのものの磐珪禅師や朝比奈老師、絶対肯定の法華経、星群の輝きを思わせられる雑華厳浄等々を思うとき、一人の愛すべき巨漢のことをどうしても思い出さないわけにはいかなくなる。それは、奈良帝塚山小学校の先生であり、お地蔵さまの画を描きなぐり、般若心経を書きなぐる天衣無縫の芸術家佐藤勝彦のことである。
私はこの巨漢のことを季刊『銀花』二十四号で知り、昭和五十一年の夏の高野山結集には講師として招いて楽しい二日間を過ごし、その巨大にしてユーモラスな美と真実の波動に感嘆したのであった。

生きとるちゅうことは
すばらしいこっちゃのう
苦があろうと
悲があろうと
今こうして
体うごいて
呼吸させてもろとる
この今があるちゅうこと
やっぱし
どえらいこっちゃ

佐藤勝彦は昭和十五年に満州で生まれて満州で育ち、敗戦の中を転々として生きのびた。高野山で彼は淡々とこの生い立ちを語った。食べものがないので、アカシアの花を取って食べた。アカシアの木に登って花を取るのは子供の仕事である。ソ連兵はこれを発見すると、片っ端から射殺した。
「撃たれて、落ちて、死ぬんです。ぼくは落ちなかったから、今こうやって生きているんです。死んだらだめなんです。子供でも、自分の命は、自分で守るんです」
この人は子供の時、すでに地獄を見たのである。
生きのびて日本へ帰った。大学の時、胸を病み、近づいてくる死と対決することになる。しかし、死骸を子供の時から見て来たこの人には、戦国時代に落武者の持物を剥いで生きのびた百姓のような野性的な生命力がある。こんな男はなかなか死なないのだ。この人はガリ版刷りの本を作ってその中にこんなことを書いている。

死人に出会うとホッと自分をとりもどすことができる。ハハーン、ああなるんや自分も・・・なんや、へんてつもないことや。そう思うたら、人生がらくになってきた。ホイホイ、なんや、仕事しとうなってきた。ホイホイ、なんや、体軽うなってきた。生きとるうちにやらしてもらお。

その人のきれいなところだけ好きというのは、やっぱり片手おち、きたないところもふくめて好きという世界でないと、その人にとってよい友にはなれんだろ。母は子のきたないところも含めて愛するなあ。

お日さま、まともに見ずに、自分の小さな影ばっかし見て歩いとると、お日さま忘れてしもうて、なんや、小さな影を、
自分じゃゆうて、思いこんでしまう。

彼は小学生に絵を教えている。しかし彼は、子供に教えたことは一度もない。子供から教わるだけだという。彼は子供たちに、好きなことをやれ、好きなものを描けと教えた。子供たちは自由に、のびのびと、すばらしい画を描いている。迷ったりとらわれたりするな。これが勝彦の人生観。信貴山の管長さんだった鈴木鳳永師は、自分は毛筆の字が下手だと思いこんでいた。だから年賀状から暑中見舞までみんな知りあいの書家にたのんで書いてもらっていた。そこへ、ぶらりと勝彦が現れて、こともなげにいう。「下手!そりゃすばらしい。この世の中に下手と言われるほど素晴らしいものはない。うまい人が下手な字書けますか、下手な人は下手な字しか書けない、それしか書けないということほどすばらしいものはありません。あなたは選らばれているんですよ」
この最後の殺し文句がきいている。字の下手な人間は選らばれた人間だ、エリートだというのである。心経的にいうなら、「不上手不下手」である。この勝彦の一言で鈴木管長は字を書くのが嬉くなった。それからは下手なまんまで、下手は下手なりに手紙を書き、般若心経を書くようになった。
勝彦の人生観の根底は般若心経であるらしい。いつか私が真如会の例会で佐藤勝彦のことを話し、彼の書いた『ええがな  ええがな』という本をどこかで手に入れた人は、必ずそれを私に呉れ、と話したら、K市に住んでいる松村さんというちょっと一風変わった若奥さんが直接帝塚山学園に長距離電話をかけた。運悪くその電話を執ったのはご本人であった。こうこうこういうわけと松村さんが話したら、勝彦は、「ぼく、紀野さんが岩波文庫で出した般若心経を読んではじめて般若心経の世界に入ったんですよ、へえ、紀野さんていくつ位の人?   え、そんな若いんですか?    ぼく、あの本読んだときね、こんな本書く人はかなり高齢な人だろうなと思ってね、もう紀野さんは死んでるんだろうと思ってたんですよ」と言ったという。ひどい男である。不生不滅、不老不死、不老不若、如何!?こうして『ええがな   ええがな』は本人から直接私のところへ送られて来た。彼はこう言っている。
「 物が欲しい時は欲しがってもいい、しかし、また、いつか、不生不滅へ帰って来いよ。色即是空へ帰って来いよ」
『銀花』が勝彦のことをとりあげた因縁は、編集長の細井富貴子さんが大阪のある古書店に立ち寄って、その店の、何もかも入れてぎっしり詰まった戸棚をかき廻した時に、奥の方から、黒地の汚ない本が出てきた。これが勝彦の本である。読んでみると、どえらいことが書いてあるのでびっくりして会ってみたくなり、奈良の町外れの丘の上の家を訪ねたら、かわいくて大きい金太郎さんのような人が褌一本の裸で出てきたという。
この時細井さんは、『ええがな   ええがな』の文章と、彼の描く明るい地蔵さんの絵を数枚とりあわせて『銀花』にのせたいこと、五百枚くらい肉筆画を描いてもらって特装版を作りたいことを話し、「ほんとうは『銀花』全部に肉筆画をつけたいんだけど」と言ったら、勝彦は「『銀花』って何部出しているの?」と訊いた。六万部出しているというと、「五百枚ぼっち描いたってしょうがない、ぼくは六万枚描くよ」と言い出したというから呆れる。
結局勝彦は八万枚描いたのである。『銀花』二十四号は一号一号違った勝彦の肉筆画や肉筆の書をのせている。これは大変なことである。さすがの勝彦も八万枚の終り近くに書いた字には「しっかりしろ」「もうくたびれた」「ねむいなあ」などが続出した。超人的などとはいうも愚かである。一日平均二百七十枚も描いたことになる。それが三百日つづいたのである。
彼はお地蔵さんの絵を好んで描く。また、抽象画も描く。彼にとってはお地蔵さんも抽象画もおんなじなのである。いずれも「おてんとさん」を描いているのである。「おてんとさん」とは「お天道さん」であり、太陽のことである。「光」のことである。


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