かつひこ日記NOW

2016/07/19

「真善美」

岡潔先生が人の真善美を懐かしさから来ているとおっしゃって居られました。私も、人を見る時にこの懐かしさみたいなもので選らんでいるような気がします。何か感じるのです。それが判断の基準になっているようです。私も私の育てられた故郷のこと、父母のこと、親戚のこと、そうしたものが詰まってそれが判断しているような気がするのです。私のところに父がお手伝いさんを連れて来たことがありますが、父はどうやって探して来たのか知りませんが、それが、いい人だったのです。父はこの人ならいいと思ったようなのです。そういうことが父の懐かしさみたいなものの判断だったのでしょう。いいと言っても、父の基準です。これが私にも繋がっているのです。どう表現したらいいかわかりませんが、合う合わないの世界です。何かピタッと来るのです。若い頃私達は共稼ぎでした。ですから、お手伝いさんは子ども達にとってはとても大事な存在だったのです。本当にお祖母ちゃんと言っていい存在でした。今はもう90歳を過ぎていますが、広島の山奥からときどき出て来てくれますが、懐かしく感じるのです。真善美の真と言っても何が真かわかりません。善にしてもそうです。美にしてもそうです。説明出来ません。しかし、その人の先祖からの育ちが染み付いているのです。そして、何とはなしにその人の好みになり懐かしさになっているのです。

「人を先に自分を後に」

岡先生はお祖父様に「人を先に自分は後に」と厳しく育てられたとおっしゃって居られました。ですから自我を抑えるように育てられたと思いました。私の場合は、これが駄目で、育ち盛りの時に満州でしたから、でも、これは関係ありません。とにかく生きることが第一だったので、その分人間が野蛮に育ったと思いました。自分中心で自我丸出しの人生だったのです。それと私の名前が勝彦でしたから、勝ちたい、勝たねばとつねに思っていましたから、悪がきのような生き方で生きたと思いました。その臭みと言うか、そういうものはなかなか消えるものではありません。今でもむき出しの野蛮です。この世の中を負けずに生きようと思ったからか素質であったかわかりません。しょうがない人間のまま、ここまで来たのです。若い頃でしたから、岡先生が「人を先に自分を後に」とおっしゃっられた時、私は、自分は駄目だ。自分には出来ない。自分には到底無理だと思いました。それが、今になって、自我を抑えると言うことに関心が生まれました。聖徳太子の17条憲法の「逆らうことなきを以て宗と為す」が気になったこと、それに岡先生の「人を先に」聖書の「汝の敵を愛せよ」「左の頬打たれたら、右の頬を出せ」賢治の「デクノボウ」親鸞の「愚禿」良寛の「大愚」天香 さんの「下座」そうしたものがどこか懐かしく思うようになったのです。自我を無くす。自分を消す。道元の「自己をわするるなり」釈迦の「諸方無我」「色即是空」「怠らず努めよ」などが懐かしくなったのです。そうしたものが「爽やかなこと」なのだと思えて来たのです。そう言えば、伯父の町長はそうした懐かしさをもっていました。叔父の教育長もそうです。何かしら私の親戚は、また、その回りもそうでした。伝統と言うか血と言うか、そうしたものがあるのです。ですから、私が大学へ入った時に「色即是空」に興味を持った、その事が、そもそものご縁で、そうしたものを何かしら懐かしく思うと言うことが、私の原点にあったのです。今になって自己犠牲のことに関心が生まれたことも、懐かしさからと言うか、私の原点から来ているのです。そう言えば、岡潔先生が日本国憲法で「博愛」が抜けていると怒って居られましたが、あれも、自己犠牲が抜けていたからです。自由と自己犠牲は逆方向にあります。自由というものも自己犠牲の下地がないと無茶苦茶になるのです。仏教の教えも結局のところ「逆らうことなきを以て宗と為す」です。自我丸出しの野蛮な生き方しかしらない私ですが、ぼちぼちでも自我を抑えることに精進したいと思いました。


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