かつひこ日記NOW

2016/07/15

「金関先生」

金関先生の研究室は私の教室の上にありました。その頃木造校舎が私の図工室でした。先生の研究室は私の上のお部屋で私も子供の絵は好きでしたから、嬉しかったのです。ですから、先生は子供の絵を見たさによく来られたのです。子供の絵を描く姿がお好きで、いつもニコニコして見て居られました。そんなことがご縁で私も先生のお部屋にお邪魔するようになったのです。最初、先生は、美術の先生かと思うほど、美術に関心がおありでした。特に子供の絵はお好きでした。いつも、「いいなあ、いいなあ」といいながら、結構長い時間を見て居られたのです。先生のお部屋に行くと先生は何の先生かわらなくなりました。ありとあらゆるものが飾られていたからです。行く度に先生の様子を知ることが出来たのです。先生の関心は余りに多くて、私には、結局わからず仕舞いでしたが、私は、それを気にしていませんでした。私が合ったのは、やはり、絵のことでした。先生は骨董もお好きでしたから、私は車で先生をアチコチ案内して歩きました。そこで、私と先生の美の好みが合ったのです。私がいいと思ったものが先生もお好きでした。


私は民芸協会の主催旅行で台湾、沖縄に行くことがありました。台湾で何かの拍子に金関先生のことをお話ししたのですが、その中の誰かが、伝えたのでしょう。何人かの高砂族の長老の人達が次の日ホテルに来られたのです。大きなくり貫きの木の鉢を土産に持って帰ってくれと言われて持って来られたのです。先生が如何に台湾の山奥の人達に親しまれていたかと思いました。先生は永く台北大学の教授をして居られました。「台湾民俗」と言う雑誌を先生を中心に出版して居られました。とても高度な雑誌だったらしいのです。その頃は考古学の先生でその後が民族学でした。先生は京大の医学、解剖学の出身でしたが、考古学に行き、民俗学者でもあったのです。言語学、芸能、歌謡に及び、調査文、紀行文、そして人類学に修まったようです。しかし、小説は書くし、美術評論も書いて、何人かの芸術家を世に出されていました。その中で私は美術評論が一番好きなのです。それに、先生の美術の蒐集品も好きでした。先生は柳宗悦さんと親しくして居られました。先生の書斎には、民族学の柳田国夫と柳宗悦さんのお写真が飾られていましたから、このお二人には特に親交が深かったのでしょう。私は先生宅で食事を呼ばれるのが一番好きなことでした。何せ私が持ってない食器がどんどん出てくるからです。やはり、蒐集の歴史と台湾で集められたと言うことが、大きな違いの元だったのです。特に、ふんだんに出てくる明時代の赤絵呉須の中皿、5寸位のもの、それに天竜寺青瓷の3寸位のもの、これらは、まず、日本では見られないものでしたから、私は興奮していました。大きなものは日本にもあるのですが、小さいものは珍しいのです。それに珍味が載せられて出るのです。出てくる皿に圧倒されて、私はいつも興奮していました。
先生はいつも、お洒落でした。とくりのセーターが先生のお好きなスタイルでした。私とお逢いさせていただく時、いつも、時間を決めて居られました。私はそのけじめある時間設定も好きでした。先生と私とは45年も年の差があるのですが、80近くになっても時間が厳しかったのです。骨董屋で探す先生は子供のようにいきいきされていました。私は先生を側に御乗せした時の先生のお話しが楽しみだったのです。80過ぎてだんだん記憶喪失になって行かれました。ある時、「佐藤君、僕は、もう、自分の名前さえ忘れかけているんだ」とおっしゃっておられました。その時が最後でした。暫くしてなくなられましたが、私はご葬式の会場の外で泣けて泣けて、あんなに泣けたことはありませんでした。

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