かつひこ日記NOW

2016/07/14

森信三先生の「ええがなええがな」の序文

このたび佐藤さんが、これまで書いてこられたものを集めて、一冊の書物にせられるという。それを聞いた私は、大へんうれしくなったのである。それというのも佐藤さんは近ごろわたくしの知った人の中では、ひじょうに珍らしい人だからである。
わたくしが佐藤さんという人をはじめて知ったのは、雑誌「道標」の主幹の兵頭正堂氏から、佐藤さんの一人雑誌「雲」を送られたことが、そのキッカケである。
「雲」はワラ半紙二つ折り四頁という一見ささやかなものであるが、しかしそこに盛られている内容は、じつにスバラシイものであって、わたくしは現在のわが國にも、こうしたものの書ける人が居られたのかと、ふかく驚歎の念に打たれたのである。
それは一たい何といったらよいか、表現に困るほどにユニークな一種の宗教語録ともいえようが、しかしそれを語録といってしまったんでは、その独自な味にはやや隔たることになろう。だが、さればといって、それを宗教詩といったんでは、これ又その趣からはやや離れるといってよい。
では、そこで一ばん特徴的なものは何かというに、それは宗教における最も精髄的なものが、しかも素裸のままで、向き出しに表現せられている点であって、それはまるで今掘り出したばかりのサツマイモが、そのまま土つきで放り出されてころがっているみたいな趣である。
わたくしがこの様にいう第一の根拠は、そこで使われている言語表現には、たぶんに土俗的な方言が、しかもフンダンに使われているということである。だが方言とはいってもそれらの基調をなすものは、関西弁とでもいうのか、大阪コトバが基調となっていて、そうした点からは、佐藤さんの書くものには、どこか天理教のおみき婆さんの語り口に似通うものがあるとも言えよう。こうした点からいって、佐藤さんの書かれるものは、いわゆる宗教家の書くものとは、まるで世界の違うものなのである。つまりそれらは、真に庶民のコトバによって書かれた最も庶民的な宗教的語録ともいえ、そうした点からは、又どこか浅原才市に似通うところがあるとも言えそうである。
わたくしが、はじめて佐藤さんにお逢いしたのは、その個展の会場であったが、その時佐藤さんから受けた第一印象は、けた外れの「巨大な坊や」とでもいった感じであった。すなわち、そこでわたくしの出逢ったのは、巨然たる「生」の未限定的な巨塊ーとでもいうべきものであった。またその時その会場に展観されていた作品も、書あり画あり、それも大小さまざまであって、中には大きなカメなどに書かれた文字などもあって「自在」とは、まさにかかる趣についていうのかと思ったほどである。
だが以上は、現在までにわたくしの触知しえた佐藤さんの「人間像」のホンの片鱗に過ぎず。わたくしはそのよって来たった源は、結局は、美作に近い備中の山ふかく生まれたその家系の「血」に根ざすものと思うのである。だがここでは、これ以上はさしひかえる他あるまい。
ただ、最後につけ加えるとすれば、現在なお三十代の前半のわかさでありながら、このような、ある意味では、宗教の究極境ともいうべき世界の表現に達した佐藤さんの今後における「生」の展開が、いかになりゆくかという点への懸念であるが、しかし、これは単にわたくし一個の個人的関心という程度を超えて、そこには、一般に人間的「生」の展開上じつに重大な問題が内包せられているといってよいであろう。
森信三

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