かつひこ日記NOW

2016/07/10

「岡先生の万年床」

岡先生の万年床の部屋は、これまた、恐ろしいほどの雨漏れのする部屋でし。一度夕立が来て、途端に、ポタッポタッと天井から、雨が落ち出したのです。先生は、全然われ関せず、万年床で相変わらず、前方を見つめるだけ。奥様がバケツ、どんぶり、洗面器など10個程持ち出す。私と奥様とで落ちて来るところに受ける。その、音のにぎやかなこと。でも先生のところにだけは落ちて来ないのです。長年の経験から来るのでしょう。奥様も馴れたものでした。手さばきが、堂に行っていました。しかし、私は、見事なものだなあと思ったのです。そんな生活ができたと言うことが、素晴らしいと思ったのです。これでは怖いものなしです。学者の醍醐味を知らされました。凄いと言うか、すさまじいと言うか、ただ、恐れ入りますという感動をいただいたのです。家の小さいのと屋根の雨漏りと、きっと、先生が選ばれたのでしょうが、私には、どんなところに行くよりも先生のお宅にお伺いさせていただく方が魅力的だったのです。先生とは、テレビの漫画をよく見ました。それと巨人軍の出る野球です。先生は大の巨人フアンでした。先生の研究の後の頭の休憩だったのでしょう。
ある時、お客さんが来ました。奥様が、玄関に出られて、先生に、折角、来られたのですから、会ってあげて下さいとおっしゃっておられました。先生は、嫌がっておられました。顔だけでもいいですからとおっしゃって、先生はしぶしぶ出られたのですが、直ぐ、跳ぶように帰って来られたのです。「駄目です。あの顔は」とそれっ切り追い返されたようです。先生は、怒りが治まらないようでした。先生の研究に邪魔が入ったのです。先生は透明な生活を特に好んでおられました。美しい生活も大事にされていました。私が座る前に、と言ってもなげしの上に、阪本繁二朗の馬の絵の印刷のものが飾ってありました。飾られたものはそれだけでした。私は先生の大学に行っていませんので、先生の蔵書を見たことがないのですが、ご本は多分大学にあったのでしょう。先生は阪本繁二朗をよく誉めておられました。西洋では、デユフイでした。私はまだデユフイのどこがいいのかわかりませんでしたが、先生が仰られるのですから、きっといいのだろうと信じていましたら、やっと、私も好きになりました。何十年もかかってからです。ピカソは無明だと仰られました。それと、光明主義の念仏の会に連れて行かれましたが、これは、今でも関心がないのです。弁栄聖者のことを「一点の私欲がない」と仰られておられました。


「肩もみ」

岡先生のところに何回か行く内に、私は先生の肩もみをさせていただけるようになったのです。ところが、全く、硬すぎてどうにもならないのです。お尻の上に股がって背中も揉もうとするのですが、これもどうにもならないのです。私の手や、腕の方がどうかなるのではないかと思ったくらいです。しかし、先生は気持ちいいと仰られるのです。効いているのかわからないのですが、先生がいいと仰られるので、続けさせていただきました。私はその頃本を読まない人間なのに、鈴木大拙選集だけ読んでいたのです。茶の宗匠が、街で誤って武士の刀に触れたというのです。武士は許してくれません。真剣勝負を挑まれたというのです。宗匠は仕方ありませんので、少し時間を貰って、せめても恥ずかしくない死に方がしたいと思ったのです。町道場の千葉周作のところに行って、事情を語ったのです。千葉が言うには、刀の先を相手の心臓に向けて、頭に冷たいものを感じたら、刀を前に突きなさい。それだけ教わって宗匠は、待っている武士の前に座りました。丁寧に茶道の礼儀に従って、身仕度を調え、いよいよ静かに、構えました。目を閉じて、相手の心臓に刀の先を向けて待っていました。時間が経ちました。突然、「参りました」という悲痛の叫びが起こりました。「ま、参りました」ということになったのです。そんなお話しさせていただきました。「はー、そうですか」これは鈴木大拙の本に出ていたことをお話ししたのですが、先生は鈴木大拙のことを知らないと仰られるのです。まさかと思ったのですが、先生ならそんなこともあるんだと思ったのです。興味があることは、凄いのです。しかし、興味がないと全然なのです。

「岡先生2」

次に行った時にはこんなお話しをしてくださいました。小さな縁側に鉢植えの角皿がありました。それを二枚揃えて重ね、「ね、冷たい感じがするでしょう」次は、はすかいに重ねられました。「ね、温かいでしょう」私にはこれは直ぐにはわかりませんでしたが、暫くして、なるほどと思いました。それから、「知解は浅いです。次に情解です。そして次に信解です。」この中で信解が最も深いです。この情解と信解の違いは、これは今でもはっきり言ってわかりません。私が座っている部屋に阪本繁二朗の馬の絵が飾られていて、先生はその絵を「情」だとおっしゃって居られました。これは私にもわかりました。「情でも深いです」とおっしゃっいました。私との会話は、いつもこのように問答のような感じになりました。普通に会話するのとは違いました。ながくお話しすることをためておいて、それから、ぽつりとおっしゃっられるのです。それまでは、いつも万年床にひじをついて前方を見つめて居られました。先生の姿勢はいつもこの姿勢でした。右手にタバコをお持ちでしたから、その灰が布団に落ちるのです。でも、一向に構わず落ちたままです。ときどき布団の上を払って居られました。でも、布団の上は灰だらけでした。一応、灰皿はないことはないのですが、それには入れないだけのことです。まあ、私から見ても、メチャメチャという感じでした。毎日が思索三昧という感じです。しかし、私はその生活が素晴らしいと思いました。一切が自分の思索の時間です。ある意味、羨ましくもありました。ときどき、珈琲のこっぷが布団の上にありました。こぼされたこともあるのでしょうけど、先生はその姿勢が一番お好きだっのでしょう。


--------------------------------------------


本編のCD(佐藤勝彦の音楽1)は約55分の作品です。
この動画には冒頭の約4分を収録しております。CDは「アート馬の目」にて販売しております。
ご希望の方は
アート馬の目 0742-22-6795 にお問い合わせください。E-mail:di2vj7@bma.biglobe.ne.jp
「佐藤勝彦の音楽1」  No.149「精の想い」 ¥1000(税込、送料別)

本編のCD(佐藤勝彦の音楽2)は約28分の作品です。
この動画には冒頭の約4分を収録しております。
「佐藤勝彦の音楽2」  NO.150「天奏」    ¥1000(税込 送料別)

inserted by FC2 system