かつひこ日記NOW

2016/07/05

「ストレスのない人は、欲しがらない」

ストレスがない人は、そんなに物を欲しがらないようになっていくのです。
満ち足りているからです。ストレスのある人は、案外、お金を使います。それで、思うようにならないと怒ります。
だんだん、思い方で、生活に差が、出るのです。
こう考えると、幸せにとって、大事なのは競争に勝つより、負けを楽しむ事の方が、大事に思えて来るのです。
だいたい、世間の常識みたいなものに縛られて、損だ得だということに基準がある人は、このバランスが取れてないのです。
自分の思うようにならないと幸せにならないと思っているからです。
思いどうりにしようとすれば、どうしても、そう、ならないから、ストレスになります。
これは、所詮、無理な事なのです。ところが、それでも、懲りずに思うようにしょうとするのです。
そうなると、競争になり、喧嘩になり、それでまた、ストレスがたまるのです。
しかし、この世界は勝っても負けても、競争している間は、何処まで行っても、平安はありません。

「愚になる」

悲しいことです。それで一生終わるとすると、申し訳ない人生になります。人間を造った、神様が嘆かれるます。
「幸せになれよ」と言って、私達は、この世に出されたのです。それが、一生、ストレスでは、あまりにも、情けないことです。
もう、ぼつぼつ、競争から、卒業してもいいのです。競争を超越してもいいのです。それが、下になる世界です。「愚」になる世界です。「衣食足りて、礼節を知る」です。
「デクノボウ」も、「愚になる」ことも「悪人をや」も「心の貧しき」も先人の智恵です。学びたいものです。
そうしないと、平安は訪れないのです。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の「イツモ、シズカニ、ワラッテイル」これは、競争を超越して出る笑いです。笑われてもいいという境地です。「愚」になって笑われてもいいという境地です。
ですから、安心なのです。無理をした笑いではないのです。デクノボウと呼ばれていることを楽しんでいる笑いです。
親鸞が、「愚禿」と言ったのも、良寛が「大愚」と言ったのも、自分は、「下」でいいと納得している境地です。
競争なんかの世界を卒業している境地です。「馬鹿」と呼ばれてもいいのです。「あほ」と呼ばれてもいいのです。相手にされなくてもいいのです。
それよりも、大きな大世界に自在に呼吸している方が、いいからです。自由なる世界に呼吸している方が、いいからです。安心なのです。人と比べる必要のない世界だからです。
「ヨクハナク、ケッシテ、イカラズ」は、満足しているからです。ですから、イカラズです。怒る必要がありません。
人間は、いつか、この境地に行かなければ、安心は得られないのです。

「負けるが勝ち」

下に下に置いて行くことが、嬉しくなると、実に楽しい人生になります。不思議な事です。
確かに、下に下に置いて行くことは、急には、できないという問題が、あるかも知れないですが、この、馬鹿にされると損だという思い。ここを、超えることが、もしかして、できるなら、それは、それは、大きな喜びと安心が、与えられるのです。
ここを挑戦してみる甲斐は充分にあるのです。
やって見ない内から、駄目だと、拒否するのではなく、本当に、これは、人生にとっても、一大事なのです。
誰もが、負けることは、薦めません。みんなが、勝つことばかりを薦めます。
しかし、負けることが、果たして、損なのでしょうか。
負けるということは、相手が、喜ぶことです。相手を喜ばせて、損はないのです。ここが肝心です。「負けるが、勝ち」という言葉があるのです。「汝の敵を愛せよ」という言葉もあります。
勝つ喜びもありますが、負ける喜びもあるのです。「左の頬を打たれたら、右の頬を出せ」という言葉もあります。これは、負けてもいいという思いがあるからです。負けてもいい。負けても大丈夫という豊さがあるからでもあるのです。「負けても、楽しい」「負けても嬉しい」という内面の自信が、あるからだと思います。
内面に、満たされたものが充分にあるからです。充分に豊なものがあるからだということです。
これが、神様と共にあるということです。「神様と共にあるから、心配がない。神様と共にあるから、大丈夫だ、神様と共にあるから豊かだ。」ということです。

「共にあるから、大丈夫」

ですから、損をしてるようでも、大丈夫だなのです。相手にされなくても、恐れるということがないのです。仏と共にあるから「大丈夫」という世界です。負けを愛すということです。宇宙に片方だけということはありません。「勝つ」がいいだけではありません。「負け」も素晴らしいのです。こんな事を思っていると、「貧しい」という気持ちが出て来ないのです。つまり、豊だということなのです。富裕なる財産を持っているということになるのです。物の喜びだけでなく、心の豊さの方も凄い喜びがあるのです。お金を選ぶだけではなく、貧しくてもいいという思いを選ぶのです。貧しくてもいいと思うと、倹約できます。節約できます。お金が、少なくても嬉しい気持ちになれるのです。
しかし、それは、いつの間にか、お金が貯まる事にもなるのです。お金が、いらないからです。ですから、勝ってに貯まるからです。神様に相談しながら、生きたら、そうなるのです。常に、共にあってくださいますから、ありがたくなるのです。生かされていることに感謝することは、安心がいただけます。素直に生きることが、出来るのです。恨むことや、腹が立つことがあっても、じっとしていると、フットまた感謝に変わって来るのです。神様が心配して来てくださるのです。その時安らかさも連れて来てくださるのです。安心して抱いていただけるのです。ありがたい、ありがたい、世界です。

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