かつひこ日記NOW

2016/06/26

「骨董」
私は、23才の時、給料が入り出してから、骨董品を買うようになりました。それは、ただ、好きというようなものでは、ありませんでした。本当に病気でした。麻薬中毒症みたいなものです。毎日のように骨董屋へ行きたくなったのです。行くと、気持ちがいいのです。骨董品に囲まれて居ると安心するのです。しかし、行けば欲しくなってひとつだけでも買うようになったのです。勿論、お金はなくなります。しかし、お金がなくても行きたいのです。月給を貰い出して、すぐに取り付かれたのです。なんという魅力的なものかと思いました。不思議な世界でした。何故、こうなったかといいますと、大学の美術の担当教授に、浜田先生という方が居られました。私は友と、よく先生の御宅に、御伺いさせていただいたのです。私はそれまで、文化的と称される世界は、何も知りませんでした。何もわからないのですが、先生のお部屋の雰囲気が素晴らしいと思えたのです。「これは、何でしょうか」とお尋ねすると、「これは、李朝のものです」とおっしゃるのです。また「これは何ですか」とお尋ねすると、「これは、河合寛次郎です」とおっしゃられるのです。床の間に飾ってあった軸は、柳宗悦でした。とにかく、私にとっては、知らない世界ですが、感動したのです。私は、こんな生活を、したいと、強く思いました。小学校の教師をし出してから、私は、毎日子どもを奈良駅迄送らないといけないのでした。ですから、毎日奈良駅のまわりを、少しだけ見学して学校に帰りました。そんな毎日でしたが、もう少し、遠く迄と思い、東大寺の近く迄行きました。そこへ、依水園というところがありました。ちょっと、見学したくなったので中に入りました。そこで、高麗青磁の小品展が、あったのです。美しいと思いました。次の日でした。駅前の、もちいど通りを歩いていましたら、一軒の骨董屋がありました。私は、そんなところに、今迄入ったことはありませんでしたので、勇気がいりましたが、意を決して入りました。主人も誰も見えないでしたので、そこら当りを見ていました。すると、昨日見たあの高麗青磁があったのです。驚きました。あの美術品がこんなところにあると思ったのです。値段は、聞きませんでしたが、ひょっとして、自分にも、買えるのではないかと思ったのです。私は、いよいよ、希望が、湧いて来ました。学校が、終わって、私はまた、奈良へ行きたくなりました。もっと、いろいろ見て、歩こうと思いました。お婆さんの居る店に入りました。渋いどんぶり鉢に花が活けてありました。良いなあと思いました。その頃はわからないのですが、岐阜県の犬山焼きの鉢でした。暫くお喋りして、「あの、あの鉢、いくらですか」と尋ねると「700円です」。「安いのだなあ」と思いました。自分でも、それなら買えると思いました。帰る時、「あの、鉢、いただきます」と言ったのです。おばあさんは、凄く嬉しそうに、鉢を包んでくださいました。家まで大事に持って帰って部屋の棚に飾りました。素晴らしいものでした。私の初めての買いものでした。あんな美しいものが、700円で買えたということで嬉しくなりました。その頃の月給は15,000円くらいでしたので、充分、生活は出来ると思いました。それからというものは、毎日骨董屋歩きでした。おかげで、いろんな勉強が出来ました。そのうち、もっと手ごろな値段で、私を喜ばしたものがありました。「ソバ猪口」です。これは、100円からありました。それと、「ナマス皿」というものです。これも、安いのです。6寸くらいの、大きさですが、私は、キズものでもかまわなかったのです。美しさには、影響ないからです。あれば買いました。

「家が建った」

その頃から、日本は、高度成長期になったものですから、月給も、凄く上がったのです。それに、毎年のように、子どもが生まれるものですから、父兄からのお祝い金などもあって、急に豊になったのです。私のクラスの父兄に不動産屋さんがいて、その頃、兄が、自分が大阪に住むようになるので、土地を探してくれというものですから、その父兄に尋ねたのです。そしたら、「今、私のところで、売り出し中です」というのです。直ぐ、その日に、案内されて行きました。そしたら、「先生が、買う気が、あれば、安くしてあげます」といわれるのです。一番、高い場所で、眺めも素晴らしいところでした。「ここは、売り出して、いませんから、先生が求めて、くださるんでしたら、直ぐ、家が建てられるように、造成してあげます」といわれるのです。兄の土地のことで、来たのに、私が、買うことになったのです。「お金は、学校と、住宅金融公庫という所で借りて、家が建てれます」と、言われて、「はい」と返事をしてしまったのです。若い内に苦労したいと思っていましたから、これも、御導きだと思ったのです。私は、早速、設計図を、書いて「お願いします」といいました。27歳で土地も家も手に入れることになりました。ローンが、あるのですが、私は、骨董も、続けようと思いました。一番、先に、家が建って、空き地で、野菜を作っていると、じょじょに、周りに、だいぶ遅れて家が建って来たのです。

「みんなで前進」」

引き揚げて来て、一気に、3年から、小学校に入ったのですが、結局、勉強のことでは、何も問題はありませんでした。ですから、3年からでも、勉強は、大丈夫だと思ったのです。それで、私は自信満々で、子ども達を遊ばせることが出来たのです。私自身の体験でしたから、安心感がありました。それに、私は、勉強というものは、信用していませんでした。もっと、子どものの時の感性を伸ばしたらいいと思っていからです。私は、今76才ですが、今になっって、勉強が大好きになったのです。今迄は、感性や、意志を頼りに生きて来たように思っています。それがよかったと思っています。宿題とか、試験で、せっかくの感性や、好奇心を邪魔してはならないと思っているのです。私自身が宿題が嫌いでした。特に夏休みの宿題はゾッとしていました。ですから、私の家の子どもにも、宿題は、姉達が、下の弟や妹のものをしたりしていました。ですから、私が、小学校の担任をしている時は、宿題は出さなかったのです。しかし、それを、校長に訴えた父兄も、あったのでしょう。私学は、月謝も高かっったので、余計に、勉強をさせて欲しいと思った父兄もあったのです。私は、今の、時代を見て、何か勉強中心、というか、受験のための授業は信用できなかったのです。特に夏休みの宿題何かは教師のいじめの何ものでもありません。「それでも、あんたは、大学に行ってるじゃないか、勉強しているじゃーないか」といわれるかも、しれません。しかし。子どもに、日本晴れのような感じで、自分に正直に生きて欲しかったのです。そうしないと、せっかくの人生が勿体ないからです。私も思い切って教師を辞めて、正解だったと思っています。人間は、工夫して生きたらできるものです。自分に、納得できたらいいのですから。勿論、私は、自分で工夫した方がいいと思ったから辞めたのでしょう。もし、自由が好きでなかったら、あきらめていたかもしれません。とにかく、自分がワクワクするものを選んだのです。私は、子ども達にも、それを期待したかったのです。自分の意志で動いて生きて欲しかったのです。私は、子どもの頃、毎日釣りに行きました。それは、それは、嬉しいものでした。それが、私に工夫することを学ばせたと思っています。学校の勉強はしてはいませんが、釣りをして、失うものはありませんでした。むしろ、好奇心や、考えることを、学ばせてくれたと思っています。勉強は、したい時にしたらいいと思うのです。その方が面白いのです。私の授業は、自分では、正しいと思ったのですが、今の、日本では受け入れて貰えなかったようです。今、ヨーロッパでは、私のような授業が拡がっているのです。以前、テレビでみました。たしか、ポルトガルでしたか、ポーランドでしたか、机の向きは、バラバラで、そして、好きなことをさせているのです。先生がいますが相談者です。できない子どもには、上級生が、付いてくれるのです。私の場合は、クラスがひとつになっていたので家族でした。とにかく、みんなで前進するというやり方でした。みんなで一致団結です。何がいいかといいますと、とにかく勢いがいいのです。何か、クラス全体の連帯感が違うのです。迫力が違うのです。みなの関係が違うのです。何か、どんなことも出来るような感じなのです。恐いものがないのです。私は、隣りのクラスのことは無視していました。我が儘に自分達の思うようにさせていただきました。もう、迫力が違い過ぎて、どうにもならないほどの差だったのです。私は、専科の教師になってから、そのことが、よくわかりました。担任の先生と団結しているクラスは勢いがありました。それに、素直でした。私のところに来ても、そういうクラスは、生き生きしていました。それに比べ、校長になりたい、教頭になりたい、父兄の声ばかり気にしている担任のところは、そう言う団結したところがありません。ですから、反応が、弱いのです。子どもの生き生きした勢いがないのです。担任によってこうも違うものかと思いました。一見、無茶に見えるクラスでも、担任が素直であれば違うのです。父兄の顔色や校長の顔色ばかり見ている、いかにも、要領よく立ち回る担任のところは子どもがかわいそうでした。勢いのないクラスの子どもたちは、自分が楽しむことさえもできないのです。なんだか、死んでいるのです。週一回来る図工の時間は子どもたちの一番の楽しみでした。その時間が来ると、子どもたちの走る音が、遠く離れた私の図工室に聞こえて来るのです。ドーという嵐のような音が聞こえて来るのです。それほど、一週間待っていたのです。その走る勢いでわかるのです。担任の教師によって、子どもたちは違うのです。担任に意欲も好奇心もないところは、子どもにもないのです。



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