かつひこ日記NOW

2016/06/23

「小松」

私は、初め愛媛県の、砥部焼きに通っていました。そこで、染付けだけをやっていました。ところが、色の付いた物も、やりたくなって、石川県の小松に行ったのです。小松は九谷焼の本場でした。
小松には、初めは、時どきでしたが、だんだんと行くことが、多くなって、ついには小松に住むようになってしまいました。結局、25年を越えたのです。小松には焼きものの生地を、売るところがありますし、焼く工場もあります。それに、釉薬の専門店や、上絵の職人など、専門の人が集まっているのです。結局、私はそこに居るとやりたいことが自由に出来るものですから、住み着いたのでした。それに仲間も出来ましたし、気分良く仕事が出来る仕事場も出来たのです。それで長く住みついてしまったのです。だんだんと、奈良は、絵を描くところ、小松は焼き物をするところと決まってしまったのです。売るのは奈良の子供逹がするということになりました。とにかく私は、作品さえ作っていればいいということにさせて貰ったのです。しかし、これは夢だったのです。ですから、ただ、ただ、自分のやりたいことをやらして貰いました。好きなことをやらせて貰いました。それが願いだったからです。小松と奈良を通勤するような生活でしたが、それが気分がいいので長く続いたのでしょう。毎年4月の中ごろから新緑です。山桜が満開になりますと藤や桐やつつじが一緒になって咲いてくれます。奈良から北陸道を小松まで走りますと、回りの山やま達が祝福してくれます。その景色を見ながら運転するのです。何と表現したらいいのか、それは、言葉に表せないほどの美しさなのです。私は、大袈裟かもわかりませんが本当に涙が溢れてしょうがないのです。神様の祝福はこういう姿で教えてくださるのです。ですからでしょう、事故もなく、続いたのです。春だけではありません。私は、冬も秋も好きです。一年中かもしれません、ずっと泣いているのです。私は神様にこの美しさをいただいていると思うのです。その上、神様に愛されていると確信できるのです。特に滋賀県からトンネルを越えて福井県へ入る辺りまでは、絶品です。生かされていると思いながら走ます。

「倉庫」

焼きものは、作品を入れる場所を必要とするものですから、倉庫が欲しくなりました。それで、家がなくてはならなくなったのです。ただ、焼きものを入れるだけではつまらないので、欅の木で造った古い家を買ったのです。それを、倉庫がわりにしたのです。それと、展示場にもしたのです。北陸の家は、欅で建てた家が沢山あるのです。ただ、今は、それを、みなさんがどんどん壊して捨てるのです。私は、それがもったいないと思えて仕方がないので、出来るなら守りたいと思って、それで買ったのです。しかし、買ったはいいのですが、管理のことを考えていなかったものですから、今は苦労しています。今はその家の維持費を稼ぐために、頑張っているという感じです。欅の家の力というものは凄い迫力なのです。押しつぶされるような感じがするのですが、それが、私には、気持ちがいいのです。そして、負けては為らぬと踏ん張るのです。元気をいただいています。

「作品を売る」

作品を売るということは、易しいことではありません。私は、もう、20年間売るという現場に出ていません。しかし、20年前迄は、私が、1人でやっていたのです。本人が、自分のものを売るということは、私には辛いことでした。しかし、家族を養う義務がありましたから、耐えることが出来たのです。子供が、早く大きくなってほしいと思いました。5人の子が居りますが、むきむきがあります。3番、5番目の子供が、向いてると思いましたから、高校を、卒業と同時に手伝わせました。今、二人であちこちの展覧会場で、私の個展をやっているのです。勿論、作者が居て説明でもした方がいいのでしょうが、私は、売上が少なくなっても出たくないのです。昔、自分で売るということが、余程辛かったのでしょう。私は、一度だけ、雑誌に、大きく出させて貰ったことがあります。もう、40年前です。その一度のデビューで、画家にしていただいたと言ってもいいくらいです。あっという間に40年過ぎました。その一度のチャンスを大事にして来ました。その時から、休まず続けてきました。こうしたものは、何か勢いに乗るということが大事だと思っています。その勢いを消さなかったのです。注文がありましたら、引き受ける。そして、出来るだけ値段を上げない。私は、40年間、値段はほとんど変わりません。買った人は、値段が上がるのを楽しみにされていたかも知れませんが、私は、家族が生活に困らなければいいと思っていたのです。ですから、値段を上げなかったのです。そう思っていましても、予想以上に売れたりすることもありました。ですから、豊かにならさせて貰えたと思います。私が、教師を続けていた以上の、豊かな生活だと思っています。私はある意味、職人でいいと思っています。頼まれたら黙々と仕事をする。しかし、それが実に豊かな気持ちで、日々が過ごせるのです。安心なのです。これで、充分だと思えるのです。私の絵も、何も変わったこともないのです。何時もの調子です。何も変わりません。私は、画家の仲間がありませんから、同僚に気をつかうことがありません。また、近所のお付きあいをしませんから、人付きあいで疲れることもありません。それに、師匠がいないのでこれもありがたいのです。さらに、偉い人になろうとか、有名な人になろうとか、そんなものもないのですから、ありがたいのです。それに、競争する必要がないのです。ですから、目立たないで、静かに、仕事が出来るのです。これで充分ですし、これがありがたいのです。今は、旅行にいこうという気もありませんし御馳走を食べたいという気持ちもありません。少しの食費分だけでいいのです。私の部屋にいて、注文の絵を、もくもくと描いているだけでいいのです。

「土地」

絵が売れると、お金が入ります。50歳くらいまでは、色んなことで貯まりませんでしたが、それを過ぎると、子どもにも家にもお金が要らなくなったのです。私には、5人の子どもがあるものですから、私の家の近くで売り家が出たら買いました。いつか、誰かが、必要になるだろうと思って、気に入ったら買いました。そして、それを倉庫にしました。近くに、自分の家が増えると、それだけで豊かな気持ちになるものでした。何に使うということもないのですが、いつか、子どものためにと思って買ったのです。近くに、自分の家が増えるということが嬉しかったのです。私の家は、一応市内ですが、辺鄙なところで20軒くらいの人が住んでいる、小さな新興住宅地です。行き止まりになって、細い道が部落をぐるりと回っているだけなのです。通り抜けが出来ないものですから、嫌がる人もいて、出て行く人も多かったのです。ですが、考えようによっては用心にはいいのです。泥棒は、一度も入ったことはないところです。私は、最初にこの住宅地に家を建てたのです。その頃、まわりに一軒も家がなくて、私はその空き地に野菜を植えて、自給自足のような生活を楽しんでいました。私はその頃、古いものが好きで、大きな壺を沢山買ったのです。しかし、それは大きい壺でしたので家の中には入りません。それで空き地のあっちこっちに置いたのです。ある日、お客さんが来て、その壷を見て、「この壺を置いてるところが、全部、佐藤さんの土地になるなあ」といったのです。不思議なことを言われるなあ。と思っていましたが、あれから50年、本当に、壷を置いてたところが私の土地になりました。

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