かつひこ日記NOW

2016/06/23

「中川一政展」

その頃、私は、東京へ行く機会が、ありました。何の用事だったか、覚えていませんが、なにかの研究会だったのでしょう。自費で行くようなことはないと思いますから、帰りに、有楽町の当たりに行きました。有楽町は、画廊が、沢山ありますので、私は見て、まわりました。すると、中川一政展が、あったのです。私は、中川一政の作品が、好きでしたから、嬉しかったのです。それほど、大きな画廊では、ありませんでした。私は、恐る恐る、入ったのです。先ず、感動したのが、入り口に、置いてある、硯だったのです。その硯は、作家自身の作品だったのです。それが、私には、嬉しかったのです。粘土の淵を、指先で、摘まんで、水が、こぼれないようにしただけだったのです。それに、黒い、釉薬を施していて、何も工夫とか、そう言うものは何もありませんでした。私は、それでいいのだ。と思いました。賛成でした。もう、それだけで、東京へ来た、甲斐があったと思いました。帰って来て、何故か、やたらと、絵が、描きたいと思いました。油絵の具は、高価ですから、持っていないと思います。しかし、ペンキでいいのです。私は、大学の時、殆ど、ペンキで描いていたからです。慣れたペンキは、楽しいものでした。その辺の、物や、花を描いたのですが。何しろ、拾ったキャンバスが、沢山あるものですから、気兼ねしないで、どんどん、描けたのです。ありがたいことでした。あっと、いうまに何点も描けたのです。嬉しくなりました。花瓶に、花を、いれて、バックに、美しい、布を掛けたりして、花のある、静物と、言うようなものを、沢山描いて行ったのです。大学時代に、拾った、板切れに描いたものと、変わりません。ちょっと、写生に替わったというくらいでした。また、また、学生時代と、同じです。作品が、増えて行ったのです。どうしたものかと、思うようになりました。そんな時、研究会でいつも、いっしょでした、大先輩の西垣という甲南小学校の先生に、相談したのです、すると、即座に、「展覧会を、しなさい」と、言われたのです。県立文化会館と、いうところが、ありました。広い広い会場でした。しかし、私には、丁度いいのです。広い方が、いいのです。それほど、作品が、多いからです。西垣先生は、絶対に、学園長に、推薦文を、書いて貰いなさい。というのです。しかし、私は何だか嫌だったのです。躊躇しました。しかし先生は、絶対にして貰わないと駄目だと、許して貰えないのです。とうとう、私が、折れました。私は学園長のところへ行きました。すると喜んでくださったのです。「偉いもんだなあ、これも、ご縁か」と思いました。小学校の父兄に案内状を、出したら、大勢の父兄が、来てくださったのです。御菓子の箱だけでも、天井に届くほどでした。絵は売ってはならないのですが、みなさんの強い求めで、仕方なく売りました。おかげで、大成功だったのです。私の用意した、額縁の費用がでました。それどころでは、ありません。私は、車も買えたのです。小さな、軽自動車の中古車でしたが、念願の車だったのです。

「夏休みの個展」

私は、自分の絵が、実力ではないと思ったので、どこか、知られていない、ところで、どのくらいの反響が、あるのか、知りたかったのです。夏休みに山陰を旅して、展覧会をして見ました。ところが、全然売れませんでした。甘いものではありません。
私の教室に来られる、金関先生は、山陰地方でも、有名な先生でしたので、紹介状を、書いていただいたのですが、それでも、売れるということには、成りせんでした。その時、先生の紹介状には、私のことを、若い友と、書いてくださっていました。嬉しかったものです。その時は、島根県立博物館の、一室でした。鳥取時代に、鳥取民芸館館長の、吉田障也先生が紹介して貰った、山本君という若い陶芸家に、お世話になったのです。それで、島根県の出西窯に泊めて貰ったのです。そこで、坂村真民さんという方に、お会いしたのです。小さい一人雑誌を、名称がわりにといただきました。3人で一枚の大きな、紙に、寄せ書きみたいなものを、書かされたのを覚えています。それに、山本空外という先生が、みんなの前で、念仏を唱えながら書を書かれるのも、見させていただいたのです。偶然ですけど不思議な迫力を感じました。書はありがたいものだと確信したのです。そうだそうだとうなずかさせていただいたのです。偶然泊まらせてもらったのに、いい出逢いまでいただいたのでした。

「焼き物教室」
その頃、私の家の近くに焼きもの教室というものが出来ました。私は、そこを覗いて見ました。先生が就いて、やさしく、教えていました。私もやって見たいと思いましたので、早速、入会することにしました。暫く、行っている内に、だんだん、上達して来て、同じ、習っている人とも親しくなって来ました。いろいろな焼きものを、知るようになりました。そこには、焼き物を、少しだけ、売っていましたが、その中に、私の好きなものがあったのです。色気も何もない、素朴で、力強く、私は好きでした。もっと見たいと思いました。その作家を、知りたくなりました。辻村史郎という名前を探して家を尋ねました。山の奥で、自分で、家を建てて、奥さんと住んでいました。何だか、嬉しいものばかりでした。次からは酒と、魚を、持って行きました。何しろ、そこの囲炉裏でさんまを焼きながらの飲み食いは最高だったのです。何を、しゃべったか、わかりませんが、何かしら居心地がいいのです。いつも、食べて、飲んで、歌っていました。何故か、料理が、とても旨かったのです。彼の作品は、その辺に、山のように転がしているのです。彼は、もう、いっぱい作る人でした。私と、共通点がありました。とにかく、話しも合って、気分のいいところでした。彼に、焼き方を教えてもらう約束をしました。学校に窯と轆轤があったのです。私が、専科になるということで、私の希望もあって、学校が買ってくれたのです。それが、教室の側にあったのです。とにかく、一度、窯を焚いて見たかったのです。その時に、彼に来てもらったのです。灰釉も持って来てくれました。焼き方も教えてくれました。温度計はなくていいといいました。「赤くなったら、900度、白くなったら、1300度」それだけでした。彼は、実に簡単にいいました。それでいいと私も思いました。何でもが簡単なのです。むずかしい話しはありませんでした。一度、実験的に焼いて見ました。成功でした。それから、私が、借りていた、お寺のある空き地に、穴窯を作ったのです。いいものが出来たのですが、そこは、お寺に近いということで一回切りになりました。しかし、好きなものが沢山取れたのです。ほかにも4ヵ所に、穴窯ばかり作りましたが、みな、一回切りでした。それからは、絵付け専門にしました。愛媛県の砥部に通ったり、石川県の小松に行ったりでした。好きなのは穴窯ですが、労力が要るのと、燃料費が高いのと、それにまともに、取れる数が少ないので私には無理だと諦めました。本当に穴窯はやりたいのですが、難しいのです。染付けとか、上絵付けは、穴窯と比べて、楽なのです。それは絵と同じだからです。年と共に、諦めるしかありませんでした。今は憧れるだけです。

「私の絵」

私は、最初、油絵だけで個展をしましたが、だんだんと墨絵等を加えるようになりました。そして、次は、墨絵に書を加えるようになったのです。書と言っても、私の生き方を述べさせていただくのです。そして、さらに、焼き物も発表するようになったのです。勿論、焼きものにも私の生き方を書かせていただくのです。ですから、今は、油絵、墨絵、焼き物、書、本、何でも屋です。その他にも、ガラスや、染め物、彫刻のようなものなど、とにかく、私が、作りたいものは、何でもやって、それに私の生き方と言うか考え方と言うか、そんなものを書いて並べているのです。これと言って、決めてるものはないのです。ただ、私は、こんな人生観なのだと述べさせていただいているだけです。所謂、専門家とか、画家とか言う、意識はないのです。好きに遊んだものを、披露させていただいているということです。何回もやって、沢山描いているうちに、だんだんと自分の型、見たいなものが出来て来て、今は、墨絵と焼き物になっている、ということになっているのです。ただ、墨絵と言っても、私の墨絵は、伝統的な墨絵というのではありません。一応、墨を、使いますが、絵の具は勝手に作ったというか、なんでもいいという絵の具です。ですから、何というか、説明の出来ないようなものになるのです。とにかく、並べて見て売れたら、売れたものをまた、次のところでも並べる。つまり、あそこで、売れたから、また、ここでもと、売れるものを並べてみるだけなのです。そして、題材というものも売れたものを、次にも出す。それだけです。私というものに、こだわってないのです。常に、お客さん次第ということなのです。お客さんの求めに、従っているだけなのです。注文されたら。それを、「はい」「はい」と断らずに引き受ける。そして、申し訳ないとは思いながら、どんどん、描かせていただいく。そしたら、それが、経験になって、だんだん慣れて、そして、今度それの注文が来たら楽にやれる。ただ、それだけです。その繰り返しだけです。それで、気が付いたら長くたっていた、ということだけなのです。

とにかく、こうでないと駄目だ。というものはないのです。上手く描かねばならないと言う気もないのです。そう言うものが、ありませんので、それで、気楽に描けるのかも知れません。私のへたくそなところが、いいという人も世の中には居るのです。ですから、「捨てる神あれば、拾う神あり」で、色んな人が、居るということです。私のようなものにも、頼んでくださるという人が、あるということです。私の性格は、簡単で、早く出来なかったら、嫌なものですから。一枚の絵を、描くのに時間が長くかかるのは嫌なのです。ですから、すぐに出来なかったら面白くないのです。楽なのがいいのです。わがままな人間です。そういうわけですから、どんな注文も、楽に描いたようなものが出来るのです。実にワガママなことだと思います。苦労が嫌いなのでしょう。それでも、私は、それを、続けさせてもらっているのです。私の好きな風に描いていいのなら、私は、幾らでも描けるし、描きたいのです。ですから、そうやって来ました。申し訳ないことだと思っています。私は、どっちかというと、勝手に手が動いて、いつのまにか絵が出来ているという感じのものが好きなのです。芸術とか、個性とか、創造とか、そういうものを無視しているわけではないのですが、仰々しく言うのが嫌いなだけなのです。芸術とか言うものは、なんだか勝手に出来るもののような感じがするのです。こちらから、表現しょうとしなくても、勝手に生まれて来る見たいな、そんなものだと思っているのです。芸術論というものがあるとするなら、これが、私の芸術論ということになります。成り行きにまかせて、やりたいようにやらせて貰っている、ただそれだけです。いつか、特殊学級の子どもが、丸ひとつ描いて、ニコニコっとして、嬉しい顔をした。あの心境です。私も、丸ひとつで、売れるものなら、それに、飽きずに続くものなら、それで、いいと思います。大事なのは、嬉しいか、楽しいかです。それが続くかです。
子どもの絵が、好きで私の教室に来られる金関先生とは、だんだんおつきあいさせていただくようになりました。私の絵にも興味を、覚えてくださいました。それに、先生の研究室にも、お邪魔させていただくようになったのです。それと、一緒に骨董屋にも行くようにもなったのです。私と先生とは、43歳年令が違うのですが、しかし、不思議とその年令のことが気にならないのです。私は、安心していましたし、ご尊敬も、していました。先生も私に、気を使っておられませんでした。私の家にも来られるようになったし、私も先生の家に行くようになったのです。親子以上の年令差です。それが、うまが合うのです。私の好きなものを、先生もお好きなのです。先生がお好きなものを私も好きなのです。どちらも、いいなあ、いいなあと、言っていたのです。私は、先生のお顔も好きでした。いいお顔だなあと思っていました。それに、先生のオシャレなところも好きでした。目だたないようですが、ちゃんとオシャレをなさって居られました。それに、私は、先生のお仕事は、何をやっておられるのか知りませんでした。ただ、なんやかんや、なされる先生だなあとくらいしか、わかっていませんでした。それでも、なにも不都合なところがありませんでした。とにかく、バランスがいい先生だなあと思っていました。先生も、仰っておられました。「直感が、正しければ、学問はどんどん、深まります」「直感の、次点でおかしかったら、駄目だと言うことです。これは、努力では、なかなか掴む事は出来ません。素質がいるのでしょう。」私は、先生とそういうお話しをよくさせていただきました。また、そんなお話しがお好きでした。これだけ、色んな面で揃った方はおられないなと思っていました。凄いなーとも思っていました。先生はとにかくいつも普通で、何も努力なさっているとは思えませんでした。いつも、何でも楽しんでおられました。ほっといても、つぎからつぎへと、おもしろいことが沸いてきて、どんどん展開して行くと言う感じなのです。先生のは、総合力と言うか、どの部分でおつきあいしても、安心なのです。あっちが、出て来てもこっちが出て来ても、その総合バランスが見事なのです。それでいて、深いし透明なのです。聞いても見ても安心でした。それでいて生活も、そうでした。何から何まで安定があるのです。不思議でした。ですから、先生が、私のことを、少し、書いてくださったものがありましたが、それは、先生にしか、書けない深さというものでした。私は、それを読んで、ずいぶんと元気にさせていただきました。真実の力と言うものだと思ったのです。世の中には、そういう方も居られるのです。ですから、先生が、何をなされても、きっと、素晴らしいと思いました。


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