かつひこ日記NOW

2016/06/21

「家庭訪問」

このクラスの家庭訪問は、ひとりひとりの家庭のようすを、見るのですが、アチコチに散らばっていて、それに、職業も、色いろで楽しく訪ねたのです。それぞれが、皆、個性のある暮らしで、私にとっては、どの家も楽しかったのです。山本広人と言う子どもの家に行った時のことですが、そこは質屋さんでした。私には、縁のない世界の家でしたから、広人に教えてもらって、始めて入りました。田舎でしたら、皆農業ということになりますが、私学というところは、皆違うのです。広人は、小さくて、細くて、私が、話し掛けると、いつも、目に涙をためている子でした。背の高さも、涙が、出るのも、何故か私の幼い時の子供のような感じがする子でした。みるからに繊細で優しい子でした。その子の家に入って応接間に座りますと、壁に何処かで見たことのある絵が張られていたのです。まさか、しかし、私の絵だと思っていましたら、おとうさんという方が入って来ました。爺さんと言うか、仙人と言うか不思議な出で立ちの方でした。髪も髭もボーボーです。「あの~、これは、」「先生のんでんがな」「よろしゆう、おま」「最高だす」「広人が教室の塵箱から拾うて来ましたもんで、しかし、よお、おますなあ」暫くして「あんたー用意出来ましたえー」奥様の声でした。台所に案内されて座りましたら、「まあ、いっぱい」丁度いい熱燗でした。

「専科」

「佐藤君、話したいことが、あるんだけど」と校長先生から言われました。いつもと違っていたのです。いつもは、私のクラスは、校長先生から、叱られるばかりだったのです。ですから、それが、ニコニコ顔だったのです。何だろうと校長室に行くと、「ま、座りなさい」と、急に、口ごもるように、「君に、専科になって、貰おうと思うんだが」と、遠慮がちに言われるのです。「は、はあ」「君は、将来の為には、専科が、いいと思うんだが」「はあ」「丁度、3年で、区切りが、いいし」、、、私は、ただ、何も言わないで、座ったままでした。校長は、どんどん、話しを、進めました。「一日、研究日も、与えよう」と言われたのです。私は、その、研究日のことが、気になったのです。「あのー」「その日は、学校に、出て来なくて、いいのでしょうか」「アア、いい」私は、この一言が、気に入ったのです。私は、担任は、実に、面白かったのです。しかし、担任が、ないのであれば、この辺で、何か、しないといけないと思いました。それには、時間が、欲しいと思いました。私は、専科になることを、承諾しました。
専科になったからと言って、私の授業方法は、変わりません。相変わらず、子どもに、任せる授業です。私が、出て授業するのではないのです。私のこのやり方は、まだ、理解されていませんでした。子どもが、好きでやるという授業です。私は、子どもの自主性が、一番だとずっと思っていたからです。自分で、考えて、自分の好きなようにやる。この、方法は、始めから、やって来たことです。つねに、自分が面白いことをやるべきです。面白いとどんどん進みます。私は、子どもの時に釣りばかりやっていました。それが、全てに生きたのです。役立ったのです。それは、何であってもいいのです。好きなことを見つけることから、始まります。ですから、私の授業は、ほかの先生から、見たら、何もしていないと思われます。はっきり言って、先生が、することはないのです。ただ、子どもが、したいと言うことの、手伝いくらいなのです。どうやら、これが、放任に見えたのでしょう。何もしていない、月給どろぼうと思われたと思います。校長が、ここのところが、わからないと、父兄の意見に、押されてしまうのです。私が、担任を、していた時にも、極、僅かでしたが、普通の受験校のようにして、欲しいと言う意見が、あったと思います。その意見に、賛成するか、どうかは、校長の判断です。しかし、無理からぬことかなあとも思いました。私立の授業料の高い学校です。もっと勉強させたいのです。

私も、二度とない、人生です。色んなことに、挑戦して見たかったのです。ですから、言われたら、受けること。それしかないと思いました。人生は、与えられたら、それが、チャンスだと思いました。それが、一番、丁度いい、神様からの、贈りものだと思っていたからです。
私は、子どものロッカーを、子どもの数だけ作って貰いました。子どもが、作品の途中でも、それが、次の時でも、続けれるように、ロッカーに入れて置けるようにしたのです。子どもは、今週に、完成しなくても、来週でもできるのです。私は、油粘土も、沢山、用意しました。材木の端切れも、トラックで運びました。画用紙は、幾らでも、使えるようにしました。絵の具だけは、子どもに持って来させましたが、私のやることは、褒めることだけだったのです。しかし、真剣に褒めるのでなかったら、子供には、わかります。それに、私も続かないのです。本当に褒めるしかないのです。しかし、それは、大丈夫でした。子供の作品に、悪いものなんてないからです。私は、本当に、毎日が、感動の連続だったのです。本当に、素晴らしいものばかりだったのです。

「絵を、かきだす」
学校というところは、難儀なところでした。黙って、見て、見ぬふりでもしてくれたら、まだ、いいのですが、なかなか、そうは行かないものです。みんなと、同じようにしないと駄目なのです。それが、できなかったら、そのうち、いじめだすと言うか、邪魔しだすのです。とにかく、みんなが、同じようになっていると安心なのでしょう。この傾向は、とても、根づよいものだったのです。私は、なかなか、みんなと、同じには出来なかったのです。ですから、学校でも、理解してもらえなかったようです。これは、何時迄もいっしょにいてはならないと思うようになりました。二度とない人生です。私は、いつか、画家のような、物を、作って、生活が、できたらと思っていましたから、もっと、自分を試そうと、思うようになって行きました。

私の教室は、最初本校舎から離れたところにありました。別棟の建物だったのです。それはありがたいことでした。その建物は、壊すことになっていましたから、もう、色んなものが、捨てられていました。何故か、私には丁度いい、好きなところでした。私は、どちらかと言うと、壊れかかったようなところが、好きだったのです。なぜなら、大学時代がそうだったからです。汚しても、いいし、拾うものもあるし、隣に、気を使うこともなかったし、その環境を喜んでいました。ある日、隣りといっても、一寸、離れたところの、建物に行って見ました。ゴミだらけでしたが、アッチコッチに、キャンバスが棄てられていたのです。高校生が授業で使ったものでした。みな、途中まで描いたものでしたが、集めたら結構あったのです。学生時代に、キャンバスで苦労しましたから、私は、それを、拾い集めて貰ったのです。キャンバスがなくて、苦労した私には宝の山でした。


--------------------------------------------


本編のCD(佐藤勝彦の音楽1)は約55分の作品です。
この動画には冒頭の約4分を収録しております。CDは「アート馬の目」にて販売しております。
ご希望の方は
アート馬の目 0742-22-6795 にお問い合わせください。E-mail:di2vj7@bma.biglobe.ne.jp
「佐藤勝彦の音楽1」  No.149「精の想い」 ¥1000(税込、送料別)

本編のCD(佐藤勝彦の音楽2)は約28分の作品です。
この動画には冒頭の約4分を収録しております。
「佐藤勝彦の音楽2」  NO.150「天奏」    ¥1000(税込 送料別)

inserted by FC2 system