かつひこ日記NOW

2016/06/19

「就職」

ある日、校内放送が流れて来ました。「佐藤勝彦さん、すぐに、学生科に来てください」
私は、また、学生科からの小言だと思いました。なにしろ、校内の空き部屋を、無断で使っているのですから、当然、お叱りだと思ったのです。すると、そうではなかったのです。倫理学の教授が、「佐藤君、君、ぼつぼつ、就職せんか」と言われたのです。まさか、と思いました。就職は諦めていましたから、私にとっては、突然の大事件だったのです。
「実は、この大学を卒業したものが、今、奈良で、教師をしている。それが来て、教師になれる学生を探している。と言うんだ。それで、君を、推薦したいんだ。どうだ。行く気はないか。それが、急ぐんだ。OKかどうか速く返事が欲しいんだ」
「あの、僕は、去年まで、結核で入院していました。ですから、そんな身体でもいいのでしょうか」
「治ったんだろう」「はい、治りました。」「そんなら、いい」

「面接」

次の日、面接だったのです。二人は、鳥取大学出身の大先輩の先生ということでした。
「ちょっと事情があって、こんな時に教師を探しているのです。びっくりされたでしょう」
確かに、大学には、学生は、誰も居なかったのです。おそらく、私くらいだったのです。

私は、まだ、卒業した訳ではなかったのです。単位は、全て、取ってたのですが、卒業証書は次の年の9月だったのです。ただ、授業は、全て、終えていました。
ですから、行こうと思ったら行けると思いました。不思議なことですが、これも導きだと思いました。「あの、飯は食べさせて、いただけるのでしょうか」私からの馬鹿みたいな質問は、それだけでした。「大丈夫です」その返事で、決まったのです。別れ際になって、ふっと、思うことがありました。そうだ、作品があったということを思い出したのです。「あの~、私は、ここに沢山の作品を置いています。これの、展覧会をして、そちらにうかがいたいのですが」というと、「ヨロシイ」という返事でした。

「個展」

私は、急に忙しくなって来ました。まさか、私が就職するとは、誰も想像していなかったようでしたし、私も想像していませんでした。私は、先ず展覧会の準備を始めました。その頃は、もう3月だったような気がしますが、後が、1ヶ月ぐらいしかありませんでしたので急ぎました。どこでやろうかと思いました。友人に聞くと、図書館がいいというものですから、直ぐ予約しました。おかげで都合よく、空いてるということでした。どうやって、運ぶか、いつ、運ぶか、困っていましたら、中学生のことを思い出したのです。というのは、美術の教生の時に知りあった子どもらのことを思い出したのです。教生指導の最後の時間に、私は、絵が描けるようになった、いきさつを、まるで、講演のように語ったのです。それがきっかけになって、彼らが、私と親しくなってくれたのです。中学3年生に、私の「劣等生から、友人の死まで」の私の心の葛藤や、友達の死に直面したことや、絵が、描けるようになったことなど、正直に語ったのです。すると、理解してくれたらしく、大拍手を受けたのです。それから、彼らが、私に接近してくれ出したのです。私は、ここに居なくなるといったのです。それで、最後に個展をしたいのだ。と言ったのです。彼らは、凄く、残念がってくれました。それなら、せめて、個展の手伝いをしたいと言ってくれました。申し訳ないと思ったのですが、甘えることにしました。期日と時間を知らせて、私は出品するものを選びました。作品が沢山なので困りました。やがて、当日が来ました。なんと、彼らは、「父が、持って行けと言った」といって、運転手付きで、来たものもいたのです。車を持ってきてくれて、生徒の数は、ちゃんと、覚えていませんが、多分15人くらいが、来てくれたと思いました。図書館の会場は、2階にあったのです。ですから、彼らがいなければ、到底無理だったのです。おかげで、難なく、会場ができ上がったのです。助かりました。中でも、材木の切れっぱで作った彫刻とでもいうのか、それは、重い物でした。4、5人くらいで、持ち上げました。絵は、200、300号くらいのものが、数点ありました。とにかく、200点近く有ったと思いました。ところ狭しと並べ立てたのです。作品の意味は、わからなくても、その量は誰にもできないと思いました。みんなに世話になりました。申し訳ないと思いました。突然の企画でしたから、無理もあったのです。しかし奇跡的にできたと思いました。神様の恵みだと思いました。不思議なことばかり続いたと思いました。

「小学校の先生」

小学校の先生になりました。早速、1年生から、3年生までの担任を、命ぜられました。同じ学年が、2組ありました。隣は、ベテランの男の先生です。「好きに、やっていい」と言われました。何も、注意事項はありません。私は、小学校の1年生から、3年生まで学校に行っていなかったのですが、それでも、何も困ったことがなかったので、何も教えなくていいと思いました。ですから、指導要領とか、カリキュラムとか、そう言うものがありましたが、一切、無視して、私の好きにやらせて貰おうと思いました。私の好きにするということは、「遊ぶ」ということでした。一応、読み、書き、そろばん、だけは、念頭にありましたが、後は「遊ぶ」ということでした。ほったらかしというのではありません。私もいっしょになって遊ぶのです。これは、体力の要るものでした。お腹も減りました。とにかく、くたくたになって、一日が、終わるのです。勿論、私が、面白いと思う遊びをしたのです。缶けりやかくれんぼや、極、単純な遊びから、粘土の戦争ごっこ、ドッジボール、ソフトボール、サッカー、水遊び、何でもいいのです。私が、したいもの、彼らが、発案したもの、やりたいもの、それをみんなでやるのです。ガキ大将が二人いました。男の子に二人、大姉御の女の子に二人、その上に、私がいるのです。私は絶対者でした。王さまでした。王さまには、かしずかねばなりません。これは、絶対の条件でした。給食の時なんかは、例の、ガキ大将が、私の、食事をお盆に載せて、頭の上に掲げて、「先生の、食事だぞう、どけどけ」と、いいながら、一番に、捧げるように持って来るのです。それから、「よーし、食べていいぞ」と、食事が、始まるのです。食べれない子は、食べれるだけでいいといいました。残ったら、腕白どもが食べるからです。ですから、私のクラスは毎日、綺麗に食べきれ、完食でした、毎日が、実に楽しくて面白かったのです。私も学校に行くのが嬉しかったのでした。子どもも、学校へくるのが、楽しいようでした。毎日、どの子も、楽しめるように、いつも気を配りました。特に、弱い子に焦点を、当てていました。クラス、全員で、いつも、気を配るのです。勉強の遅れてる子には、進んでる子が教えるのです。まるで、大人と子どもというくらいに、同じ学年でも違うのです。家族ですから、みんなで成長したらいいのです。特に女の子には、私がお世話になったのです。私の、相談相手でした。オマセというのか、とにかく、凄い賢い子が、二人いたのです。どうやったらいいのか、私の方から聞いていました。勿論、テストの答案、採点も、手伝ってくれていました。机の上の片付けから、まるで、奥さんがやってくれるようなことまで、任せていました。もう、主権は、彼らにあったくらいでした。一年、上のクラスとドッジボールをしても、もの足りないのです。一級下の、私のクラスが勝つのです。もう、迫力が違っていました。応援する熱気も、凄かったのです。一度、クラスの絵が、あまりにいいものですから、子ども二科展というところに出品したことが、ありました。数名入って、学校賞を、取りました。それから、サクラクレパス賞、産経新聞社賞、二科賞、など、連続授賞したのです。私は、全く、ほったらかし、という、やり方でした。子どもが、勝手にやってくれてるという感じでした。子どもは、好きになったら、「凄い」と驚くほどの力を発揮するのです。私が、教えるなんて事は、絶対に、あり得なかったのです。これは、真実、言える事でした。子どもは、私より上なのです。私は彼らを尊敬していました。こんな事も、ありました。一度だけですが、珍しく、学校を休んだ事がありました。どうしてるか、心配でした。次の日、行きましたら、机が、いつもと、並び方が違っていたのです。「先生が来られたぞー」という声と、同時に、なにやら、お菓子か、ケーキみたいなものが、配られて行くのです。私は、黙って見ていましたら、「おーい、食べていい」というのです。「先生が来られるということを、聞いて、御祝いです」というのです。勿論、父兄が、陰で、応援したのでしょう。みなが食べ終わったら、ガキ大将が「今日は、もう、帰っていい」というのです。私は、凄いなーと思いました。授業も、社会の時間がありましても、「先生、今日は、図工に、しましょう」というと、そうなるのです。ですから、社会科や理科の時間は、あって、なきだったのです。ただ、私は、時には、「今日は、先生の家で、社会科だ」というのです。なんのことはありません、私の家迄、田んぼや川を渡って、1時間かけての遊びながらの社会科です。私の家に着いたら、私の畑の草取りです。「ひとりが、100本、草を、抜いて、先生のところに持って来い」というのです。一瞬で、畑の、草が、消えるのです。それで、学校へ遊びながら、帰るのです。私は野菜を、自分で作っていましたから、助かりました。
一度だけでしたが、私に、出張がありました。彼らは、門まで来て「行かないで」と、わんわん、泣きだすのです、わんぱくのガキどもほど、泣くのです。「一日だけじゃー、明日は来るんじゃけーー」といって、離れました。

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