かつひこ日記NOW

2016/05/28

「不思議な思い出」
私は、1940年の3月に、満州に生まれているのですが、2才の時、一度岡山県に帰って、おばあさんに抱かれたことを覚えているのです。どうして、そんなことを、覚えているのかわかりませんが、確かなのです。ただ、そんなことがあったとしか言えません。母が、その頃、一度、帰ったことがあったと言っていましたから、きっと、間違いはありません。私は、部屋の、雰囲気も、風景も、覚えているのです。2才なのに、どうしておぼえているのだろうと、今でも思っています。本当に、鮮やかに、思い出すのです。壁の色が、黒色なのです。なげしの上も、黒色でした。襖は、もう茶色のように古くなった色でした。それに、部屋の、匂いも覚えているのです。引き揚げてきて、おばあさんの部屋に入った時、「覚えている」と思いました。
満州から、引き揚げて、小学校3年生の時から私の家に、おばあさんはよくきてくださったのです。その時の思い出ですが、「ありがてえなあ」ばかり言っていました。私に何かを頼む時、いつも、「ありがてえなあ」「おかげさんやなあ」の言葉でした。私に頼まない時も、やはり、「ありがてえなあ」「おかげさんやなあ」が、口癖でした。
小学生のころ、おばあさんに頼まれて、一日分の、針に糸を通して置いて置くのが、私の役目だったのです。おばあさんの仕事は、私たちの服の破れの補修でした。チクチクと毎日、座っまま、私が学校から帰ってくるまで縫っていたのです。目も殆ど見えないのです。でも、私の顔はわかっていたのです。耳は完全に聞こえません。ですから、おばあさんとは手に書いて話すことが、多かったのです。
学校から帰って来たら、まず、おばあさんと今日の学校で習ったことを話すのです。私とおばあさんとの会話は、おばあさんの手の平に文字を書いて、会話していました。おばあさんは、もう、80才くらいでしたが、でも、好奇心があって、学校であったことを話すと、とても喜んでくれました。とくに、横文字のカタカナの文字を喜ぶのでした。外国語でした。私にとっては、いい勉強になりました。もう、目もほとんど見えない。耳は完全に聞こえないのに、その旺盛な知識欲に子どもごころに驚いたものです。でも、おばあさんは、私を、見ながら、いつも涙を流して喜んでくれました。「ありがてえなあ」といいながら、涙を流すのです。私を見るその目が、今でも忘れられないのです。おばあさんはずっと私達のことを祈り続けていたのです。それが無事帰って来て、孫と話しが出来たのです。おばあさんにとっては、さぞや、嬉しかったのでしょう。おばあさんにとっては、私の母はふびんな娘だったと思います。幼い時片目を事故で亡くしました。そして、遠い満州へ行きました。そしてさらに敗戦の中を食うや食わずで生きていたのですから、おばあさんにとっては、自分も生きた心地がしなかったことでしょう。それが帰って、孫と話しが出来たのですから、おばあさんにとっては幸せだったと思いました。おばあさんは毎日が祈りの生活だったと思いました。神様と離れれなかったのです。そうでないと不安になってしまうからです。おばあさんの生活が祈りの生活になったのは、私達のことがあったからでしょう。私が今神様と離れれない生活になってしまったのも、おばあさんの信仰の姿が関係していると思いました。私が毎日絵をかき続けられるのも、神様とお話しできるからなのです。絵を描いている時だけではありません。もういつもどこでもいっしょにあるのです。それほど神様が好きなのでしょう。だからでしょう。ひとりで生活するのが好きになってしまったのは。ひとりで神様とお話ししているのが一番落ち着くのです。

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